2024/10/24

1956年5月26日の、レヴィ=ストロースの講演とラカンの発言のテクストを読んでいる。レヴィ=ストロースが「sur les rapports entre la mythologie et le rituel」という題名で講演を行い、それに対して何人かの学者たちが討論している(メルロ=ポンティもその場にいたらしい)。ラカンは途中から議論に割り込んでくる。ラカンが発言を始めたところからの部分が、Seuilから出ている『Le Mythe Individuel du Nevrose』のpp. 101-113に収録されている。レヴィ=ストロースの講演を含む全内容はここ(https://www.freud2lacan.com/lacan/)にアップロードされたファイルで読むことができる。仏英対訳になっているので非常に読みやすい。

とりあえずラカンの発言が始まるまでをざっと読んだ。レヴィ=ストロースは神話と儀式の関係について語るにあたって、Pawneeという部族の神話を例示する。それは「みごもった少年の神話mythe du garçon enceint」と呼ばれている。ある少年は幼い頃から特別な呪術の才能を持っており、人を治療することができた。隣の村の老呪術師がそれを聞きつけて嫉妬し、少年の元にやってきた。老呪術師は自分の呪術の秘密を伝授し、その見返りに少年の秘密(少年がなぜ呪力を獲得したのか)を聞き出そうとするのだが、少年は自分の力がどこからやってきたのかわからないので、わからない、と答えた。老呪術師は怒って少年に呪術をかけた。すると少年は具合が悪くなって、急にお腹が大きくなった。妊娠したのである。少年はそれを悟ると、自ら獰猛な野生動物が生息する危険な森の中へ行き、超自然的な力を持つ動物たちに自らの運命を委ねる決心をする。すると、動物たちは反対に、少年を治癒し始めた。少年は回復し村に帰ってきて、呪術の力を使って見事、老呪術師を殺した。

さて、レヴィストロースはこの神話の中に配置された様々な水準での二項対立を抽出して分析しているのだが、ポイントは、この神話がその村における儀式とは一見すると相容れないものであるということである。しかしレヴィ=ストロースによれば、この神話は、その村の隣の村に存在する儀式と対応関係を持っている。細かいことは省くが、つまり、この神話と儀式の対応関係は、その村だけでなく、その村が近隣の村との間にもつ関係を考慮に入れるときに明らかになるのである。そして、神話が儀式と相乗的に、村々の間にある種の同盟関係、調和関係を結ぶのに役立っていることが示されて、レヴィ=ストロースの講演は終わる。

その後、何人かの人類学者や宗教学者が質疑応答をして(ミシェル・レリスもその一人である)、ラカンの発言が始まる。ラカンの発言はまだ読めていないので後ほど。

なお、「みごもった少年」についてはLucien Scublaも少し触れている。« Le symbolique chez Lévi-Strauss et chez Lacan », Revue du MAUSS, n° 37, janvier 2011, のp. 260でScublaは、ラカンがformule canoniqueの原型とも言えるものについて言及した発言に関して、次のように論じている。

「この声明は驚くべきものであり、ラカンが標準的な公式(またはその最初の試み)の使用において先駆者であったことを示唆しています。さらに、この声明は矛盾していると言えます。なぜなら、ラカンの講演は1953年、または資料によっては1952年のものであり、この公式が正式に発表される2年か3年も前に行われているからです。それにもかかわらず、レヴィ=ストロースはこれを否定していません。また、彼は自身が提示した民族誌的な資料に対して正式な形式的処理を行う可能性を否定していません。ただ、与えられた時間内に適切な形でそれを行うことができなかったため、断念せざるを得なかったと述べているに過ぎません。」(Scubla, p. 260)

さらに、このパッセージには次の注が付されている。

「この良識的な返答は巧妙で説得力がありますが、それでもなお疑わしいものです。どうやら講演の書き起こし版であると思われるテキストの中で、レヴィ=ストロースはラカンへの返答を称えるかのように、彼が扱った主要な神話、すなわち「妊娠した少年」の神話に彼の定式化した公式を適用する試みを追加しています【レヴィ=ストロース 1958, p. 265】。しかし、その試みは非常に不器用かつ曖昧であり【Scubla 1998, p. 44-45】、うまくいっていないようです。
このテキストはヤーコブソンへのオマージュとして発表されていますが、ラカンについては一言も触れていません。」(p. 260)

ちょっとわかりにくい文章だが、おそらく、ラカンは1952, 3年の時点でレヴィ=ストロースのformule canoniqueを知っていたことを示唆しており、レヴィ=ストロースの応対の仕方から見ても、canonique formuleが実際にいかなる論理を内包していて、どんな適用操作が可能なのかについて曖昧な態度を見せているということである。この講演でレヴィ=ストロースが紹介したポーニー族Pawneeの「みごもった少年」の神話は、『構造人類学』の「構造と弁証法」(1956年)という論文の中にも登場する。

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“2024/10/24”. への2件のフィードバック

  1. 2024/10/28 – shanazawa.com

    […] 『構造人類学』第十二章「構造と弁証法」(初出1956年)は、神話と儀礼の関係について考察している。この論文で用いられている「身ごもった少年」の神話は、同年にジャン・ヴァールの招待によって行われたレヴィ=ストロースの講演でも扱われていたものである(ほとのんど講演の清書版のような内容)。cf. 10/24の記事https://shanazawa4.wordpress.com/2024/10/24/2024-10-24/ […]

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  2. 2024/12/7 – shanazawa.com

    […] 次は1956年のレヴィ=ストロースのカンファレンスにおけるラカンの発言を翻訳する。これはすでに一度英仏対訳で読んだのだが(cf. 10/24の記事https://shanazawa4.wordpress.com/2024/10/24/2024-10-24/、および10/28の記事https://shanazawa4.wordpress.com/2024/10/29/2024-10-28/)、改めてGPTの力を使って翻訳し、内容を検討してみる。それが終わったら、「最初のエクリPremiers écrits」を最初の論文(確か1928年の若き日のラカンの論文)から順に訳してみようかと思っている。GPTの翻訳力は、すでにラカンのテクスト(少なくとも『エクリ』を除けば)を翻訳できるだけの性能を十分に備えている。 […]

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2024/12/7 – shanazawa.com への返信 コメントをキャンセル