2024/10/10

Lucien Scubla, « Le symbolique chez Lévi-Strauss et chez Lacan », Revue du MAUSS, n° 37, janvier 2011, p. 253-269.の続き。

p. 261〜。「象徴的機能」についての話が始まる。レヴィ=ストロースは「序文」の中で、象徴的機能が「私と他者の媒介項」であると言っている。

p. 262〜。レヴィストロースは、象徴的機能→言語→コミュニケーション→交換と相互性→親族と姻戚関係の構造というように還元していく。また、「双分組織は実在するか」(『構造人類学』p. 148-79)が引かれて、宗教的自然に関わる垂直軸と、交換に関わる水平軸が対立される。

Scublaによれば、レヴィ=ストロースは同時代人の学者たちと同じく、「コミュニケーションの広大な科学」なるものを信じていた。その中心にはサイバネティクスのもとになったシャノンがいた。彼は1952年には「コミュニケーションの一般理論に向けて」という論文も書いている。

次から「シェーマL」の解説が始まる。ざっくりとシェーマの構造が説明されてから、下図左のシェーマと右の簡略化されたシェーマでは、想像的関係であるa-a’のそれぞれの項が入れ替わっていることをScublaは指摘している。また、右下のAは、四つの項の中で唯一矢印が2本、そこから出発するところの項であり、また矢印がそこへ向かわない唯一の項でもある。またScublaによれば、a-a’の想像的関係がコミュニケーション、交換および相互性の軸である(S-Aの軸は象徴的関係、だがこちらが交換や相互性ではないのだろうか?)。

ラカンにおけるa-a’の想像的関係が、コミュニケーション、交換、相互性に当たるので、もう一つS-Aの象徴的関係はScublaによればそれ以上のものとなる。これがどういうことなのかはよくわからないところ。

p. 264に入ると、「聖なるもの」や「宗教的なもの」に「象徴的なもの」を置き換えようとするレヴィ=ストロースに対して、ラカンのシェーマLは、再び聖なるものを導入する必要性というのを提起しているのだ、と言われている。それを、「「宗教生活の基本形態」(デュルケーム)に「親族の基本構造」(レヴィ=ストロース)を再導入する」などと表現されている。Scublaによれば、論文の序文でも見たことだが、このことによってラカンは、単に個人的な心理においてのみならず、社会的なものについてもレヴィ=ストロースより優れた記述を可能にしたのだと主張されている。Scublaは明確にレヴィ=ストロースの上にラカンをおいている。

そしてここからがScubla独自の議論が最後にかけて展開されるのだが、扱われるのはルソーである(Scublaが大部分依拠していると思われるデコンブDecombesもまた、ラカンやレヴィ=ストロースらを自然から文化への移行を論じるルソー的な社会契約論者だと表現したり、ラカンの大他者をルソーの一般意志と同等視したりしていた、cf. 9/29の記事https://shanazawa4.wordpress.com/2024/09/29/2024-9-29/、および10/5の記事https://shanazawa4.wordpress.com/2024/10/05/2024-10-5/)。

この後はガッツリ飛ばすが、ルソーの『告白』と『対話(ルソー、ジャン=ジャックを裁く)』が対置されて、『対話』という作品が持つ構造がラカンのシェーマLと比較されていく。一応上記2作品の違いは、『告白』が通常の読者に向けて書かれ出版されたのに対して、『対話』は神に向けて書かれたものであり、ルソーが狂気に陥ったとしばしば言われた頃の作品である。登場人物であるルソーとフランス人はa-a’の関係にあり、ジャン=ジャックと神がS-Aの関係にあるとされている。『対話』の構造分析には、フーコーの行った図式化が用いられている。

Scublaは、「宗教的なもの」を「象徴的なもの」に置き換えることをレヴィ=ストロース(およびラカン)は失敗したのであり、それはそもそもそのようなことが望み薄であったからだと考えている。

最後にデコンブ論文の一節が長めに引用されて終わる。

結局レヴィ=ストロースのformule canoniqueの分析はされていない。いろいろ調べてみるとScublaは2009年に「« Le symbolique et le religieux : analyse comparée de la formule canonique de Lévi-Strauss et du schéma L de Lacan »,」という論文を書き、また2001年には「« Il mito individual revisitado. Respuesta a J. P. Lucchelli »」という論文も書いている(cf. https://fr.wikipedia.org/wiki/Lucien_Scubla)。Lucchelliと対話的にラカンとレヴィ=ストロースについて研究を進めてきた人らしい。Scublaはもう80代。Lucchelliはまだ若いと思う。

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