DELF B2の試験まであと1ヶ月ほど。B1までは最短で来れたが、だんだん厳しくなってきていて、B2で流石に最短では届かないことになるかもしれない。B1の時点で結構怪しかった。とりあえず苦手なリスニングと、練習量がそのまま点数に直結するライティングを優先的にやっている。とにかくリスニングができないと、スピーキングでも相手が何を言っているか理解できず話すことができなくなってしまう。リーディングはB1まではほぼ満点に近いので、後回し。ただリスニングの上達する気がしない。英語を勉強している時からリスニングはずっと苦手だった。聴いている途中にいろんな無駄なことを考え始めてしまったり、理解できない自分に対して自責的な、メタ認識的な思考が働き始めてしまったりして、それが原因でさらに置いていかれてしまう癖がある。おそらく、能動的に理解しようとしている段階ではまだまだなのだろう。日本語であれば、それを「わからなく」聞こうとしても無理である。言語の理解は徐々に受動的なレベルへと移行する。そこまで持っていかなくては。
ライティングに関しては、B2レベルでは250単語程度の文章を書くことになる。解答のサンプルを何度も書いて暗記して、さらに使いまわせそうな表現や、文の構造などを意識的に把握するということをやっているのだが、このレベルになると紙幅の都合か、250単語全文のサンプルが少ない。イントロだけとか、構成だけとか。なんというか、B2の受験料は2万円もしてそれだけでも参っているのだが、いろんなことが重荷になる。
前回B1の時は短期詰め込み型でやって相当病んだので、今回はなるだけ執着なしで、かつ継続はするという気持ちを維持しようとしている。別に落ちてもいい、が、続けるには続ける。来年秋に考えているパリ留学のために必要な最低ラインがB2だと分かったので、今回落ちたとしても来年6〜7月の試験がまだある。でも贅沢を言えば、今回の試験でB2をとっておけば、来年3月の若手研究者海外挑戦プログラムの申請書に書けるという利点はある。
修論は12月提出だし、秋学期が始まったら留学の手続きも本格的に始動しなければならない。優先順位を決めて、こだわらなくていいところはこだわらないように。
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Vincent Descombes_(2009, 1st. 1980)_L’Équivoque du symbolique
この論文は結構引用されていて、ボルク・ヤコブセンも何度か言及している。まずイントロでは、構造主義的言説において「象徴的なもの(le) symbolique」が適切に捉えられていないと批判的に語られる。そしてデコンブによると、「実際、構造主義的前提の極端な結果を長構造主義的ultra-structuralistesと呼ぶことができる」(V. Decombes, p. 438-439)らしい。というのも、構造主義的な前提は、構造人類学の彼岸へと我々を導いてくれるからである。何やら抽象的でよくわからないが、とにかく「サンボリック」という概念に対してこれまでの言説に不満があるようだ。
「Le symbole」という章に入る。「象徴的なものの二重性は、還元不可能ではない」(p. 439)として、エドモン・オルティグEdmond Ortigueの『ディスクールと象徴Discours et symbole』が挙げられている(宇波彰による邦訳あり)。この二重性とは、恣意的な記号と、他のものによって動機づけられた記号、という二重性である。二つ目の記号はイマイチ想像がわかないが、これはたとえばロマン主義的な文脈で、散文的には表現しきれないようなものを表現する際に用いられるものとしての象徴ということらしい。そして、この第二の意味での記号=象徴というのが、構造主義的な視点にとっては、「シンボル」の語源にまで遡るところの(「シュンボロン」、「割符」)「社会的機能la fonction sociale」(p. 439)として理解されるものであるという。なぜ第二のものが社会的機能と結びつけられるのかよくわからないが、「他のものによって動機づけられた」というのが、「他者によって動機づけられた」という意味なのかもしれない。
つまり、「象徴的なものは承認を可能にするLe symbolique permet la reconnaissance」(p. 439)。なるほど、人間同士を結びつけ、互いに相手を承認するというのが、ロマン主義的な合一と関係するということだろうか。
そしてオルティグの議論が続いて、そこで論じられていた「罪の意識conscience de la faute」と「死への参照reference du mort」が、なぜ言葉の交換とその社会的機能において発生するのか、と問いが立てられている(p. 440)。デコンブはこのようにオルティグの議論を引きながら、ボルク・ヤコブセンも引用しているように、「象徴的なものの理論——レヴィ=ストロースにおける象徴的なものと社会的なものの同一性、ラカンにおける象徴的秩序の自律性——は、社会契約に関する一つの学説である」(p. 440)と述べる。
ラカンにおける象徴的秩序の自律性とレヴィ=ストロースについて、長谷川朋太郎さんの論文(HASEGAWA, Tomotaro, 2020, Le symbolique, une structure plus profonde que la réalité et son apparition : la lecture deleuzienne du strcuturalisme: 東京大学教養学部フランス語・イタリア語部会「Résonances」編集委員会, 17–28 p.)では、デコンブの議論も参照リストに入っており、次のようにまとめられている。
「第一に我々は、「象徴的なもの」の概念を巡る、ドゥルーズと構造主義の間の差異を標定する。その際我々は、クロード・レヴィ=ストロースとジャック・ラカンという、象徴的なものの概念を練り上げた二人の構造主義者において、以下の二つの点において違いが存在することに注目する。すなわち、①ラカンは、レヴィ=ストロースの認めない象徴的なものの自律性を主張している、②象徴的なものについて語るときラカンは、レヴィ=ストロースの用いない想像的なものと現実的なものという概念に常に依拠する。ラカンのテクストの読解を通して我々は、レヴィ=ストロースから引き継いだ概念を受け継ぎつつラカンが、フロイトの読み直し/精神分析の基礎づけという自身の目的にかなう仕方で「象徴的なもの」の概念を改変しており、それが①と②を説明することを確認する。」(Hasegawa, 日本語要旨より)
「象徴的なものの自律性」に関して、ラカンとレヴィ=ストロースには見解の相違があるようである。
ついでp. 441では、真の象徴とは「パスワードle mot de passe」であると述べられ、その根拠としてラカンの「Actes du Congres de Rome」(『La Psychanalyse』vol. 1所収)の一節が引かれている。そして、「象徴(シンボル)」というものが、「パスワード」を要求する者とそれを与える者との間に社会を作り出す、と論じられる。その関係は非常に排他的で、それを知らない者がその関係に入り込むと死によって報われてしまうような、「陰謀conjuration」ないし「セクトsecte」の関係である。
ただ、このようなタイプの象徴は、デコンブによれば、オルティグが「伝統的traditionnels」と呼ぶようなものには未だなっていない。ここにきて、構造主義が考える「象徴」の根源的な機能が明らかになる。すなわち、「パスワード」はある社会共同体がその取り決めによって設定した合言葉である。それに対して「伝統的」な象徴とは、そもそもの社会を作り出す根本になった象徴である。そうして、レヴィ=ストロースの「マルセル・モース著作集への序文」の読解が始まる。
モースの「マナ」論へも言及が続く(p. 443)。シニフィアンの体系とシニフィエの体系の話があり、デコンブは「最初の人le premier homme」は、「すべてを言うことができる」にもかかわらず「何も言うことができなかった」はずであると論じる(p. 444)。というのも、シニフィアンの体系は一挙に与えられるのに対して、シニフィエの体系の発展は緩慢にしか進まず、ましてや「最初の人」においては何も進んでいないからである。ランガージュの体系を手にしていながらも、この「最初の人」は、何かを語り出すことができない。
ただ、ここでデコンブがソシュールにおけるシニフィアンとシニフィエの、表裏一体となった「紙papier」を引き合いに出しているのが気にかかる。これまでに我々が見てきたように、レヴィ=ストロースのシニフィアン/シニフィエは、ソシュールにおけるシニフィアン/シニフィエとはズレていて、むしろラング/パロールに対応するものであるといくつかの論者によって整理されていた(メールマンMehlman、小田亮など)。デコンブは、その立場とはやや異なる解釈をしているということだろうか。
p. 445からは、レヴィ=ストロースが「浮遊するシニフィアン」を導入することによって、それまでのフランス社会学における「聖なるもの」を置き換えたこと、そしてその意味で、レヴィ=ストロースがある種の「啓蒙」の立役者であることが論じられていく。ただこのあたり、そう簡単ではなく、魔術的-科学的、モース-レヴィ=ストロースという対立が逆転を起こしたりもしているようなのだが、細かいところは飛ばしてとりあえず我々の議論に益するところを拾うことにする。
p. 449でデコンブは、モースのマナ論における三つの義務へのレヴィ=ストロースの批判を引いている。つまり、三つの義務を個別的に考えてから、それらの交換を駆動する原動力としての「マナ」を後から注入するのではなく、その逆向きに、「マナ」が先に交換の完全な全体として存在し、そこから三つの義務が分節されてきたのだ、というものである。そしてデコンブは、このようなレヴィ=ストロースの思考の道のりが、「敵対関係rivalité」というものを捨象してしまっていると述べる(たとえばポトラッチに見られる、優位を競う傾向)。なるほど確かに、単に自己と他者を結びつける平和なだけの象徴というのは、ポトラッチなどに見られる攻撃性を取り逃がしているようにも思われる。
次に、p. 451では「象徴的効果l’efficacite du symbole」という語も出てくる。これは、デコンブが名付けるところの、モースのいわゆる「魔術的象徴主義symbolisme magique」とレヴィ=ストロースの「代数的象徴主義symbolisme algébrique」の対立にも関係している。というのは、この二つの象徴主義は普通、非科学的か科学的かという点で区別されるのであるが、「象徴的効果」すなわち実際に象徴的な次元での操作が生理的にも社会的にも効果を及ぼすということを「信じるcroit」ことによって、両者の違いは無くなるのだという。そしてほかでもなくレヴィストロースは、実際に象徴的効果をもたらす「浮遊するシニフィアン」を代数記号と同化させている点で、「魔術〔呪術〕を信じている」(p. 451)ことになる。
要するにデコンブはこの節で、レヴィ=ストロースのモース批判を再検討しており、「代数的象徴と魔術的象徴を区別しないindistinctionということが、レヴィ=ストロースのテクストの中に影響を及ぼしていることが極めて注目すべきことである」(p. 453)という立場をとっている。レヴィ=ストロースは、彼自身が主張しているほどには科学的ではなく、ときに科学的と魔術的の境目がなくなるような瞬間を見せている、ということだろう。その論拠として、「序文」の邦訳p. 39に見られる、言語を一挙に獲得したという部分が引用され注釈されている。この部分はデコンブによる解説として、自分の論文に引いたりすることができるかもしれない。
「Le symbole」の節はひとまずここまで。続いて後半の「La loi」に入る。
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たしか、北大の2年生の終わり頃だっただろうか。もっと前だったかもしれないが、正確な時期は覚えていない。当時僕は北大の軽音サークルに入って、バンドを組んで、大通りのライブハウスを中心に活動していた。よくライブをしていたのはスピリチュアルラウンジという箱で、店長の新保さんに対バンを組んでもらっていた。他大学の学生バンドや、同じ軽音サークルの先輩バンドや、北大の別のバンドサークルのバンド、それから多くは社会人のバンドをたくさん見る機会があった。
ある日、desertというバンドと対バンして、とくに何ということもなくいつも通り演奏を聴き始めると、明らかにクオリティが他と違うことに気づいた。本当に驚いた。演奏技術ももちろんだが、曲がとにかくいい。
desertはまだ活動し始めて間もなくで、バンド自体はしばらく前に結成していたが、音源作成に注力していたらしかった。その会場の(会場といっても演奏者以外の客は数えるほどだったが)誰もdesertを知る人はいなかった。多分、その場で僕が一番興奮していたと思う。演奏が終わって奏者が物販に立った時、真っ先に向かってCDを買った。そして素晴らしい演奏だったことを伝えた。ギターのUさんがそのときなんて反応していたのか、映像はかすかに記憶に残っているが内容は思い出せない。だがともかく、音楽を教えてくれることになって、連絡先を交換した。
帰宅してすぐ、10枚ほどのアルバムの情報が送られてきた。どれも知らない外国のものだった。そのうちの一つだけ覚えている。captured tracksの創始者のバンドであるBlank Dogsのアルバムだった。
聴きにくいし変な音で、最初はよく分からずびっくりしたが、この良さを分かりたい、と思った。寒々しい匿名感、アングラ感にも魅了された。
送られてきた音楽を片っ端から聴いて、何か反応も律儀に返したと思う。弟子として必要な振る舞いをとった。desertがライブをするときには必ず見に行った。そうするうちに、やがてUさんの家に招待された。札幌から電車で。団地街なのだろうか、広くて、大きなマンションがいくつかたっていた。Uさんの部屋はその一つだった。入るとお香の匂いがした。
今思うと、いったい何を話すことがあるのだろうかと思うが、そのときはずっとUさんに音楽を教えてもらったり、ファッションを教えてもらったりした。どんな服がダサいんですかと聞くと、「そういうの」と、僕がその日来ていたデザイン・グラニフの、黒と黄色のロングTシャツをスパッと指摘されて、恥ずかしかった。それでも素直に、どういうのがいいのか聞くと、とりあえずヘインズのヘビーウェイトTがいいんじゃないかと言われ、全く耳馴染みのない単語をとりあえずメモした。(その日から僕は「白のヘビーウェイトT」を探して札幌駅の駅ビルに入ったセレクトショップを何時間も歩き回るということを頻繁にするようになった。結局、求めていた質感に出会うのは古着を知ってからのことである。)
Uさんについては他にも書くことが山ほどある。彼との出会いによって、僕の北大生時代の後半は、それまでとは全く異なるものになっていく。先日の札幌旅行で、上に挙げたdesertのボーカルの人に約6年ぶりに会って話したのをきっかけに、今日再び音源を聴き直した。何度聴いても素晴らしいと感じる。切なさに胸が締め付けられる。札幌の寒々とした空気、Uさんの部屋のお香の匂い、Uさんがギターを弾く時の表情が蘇ってくる。揺れながら目を閉じて、音に聴き入るように弾く人だった。
2024/10/10 – shanazawa.com への返信 コメントをキャンセル