2024/9/18

Mehlman.(1972) Floating Signifier Levi-Straussについて補足。2024/9/2の記事(https://shanazawa4.wordpress.com/2024/09/02/2024-9-2/)で、メールマンがルクレールの『精神分析すること』(1968)や、ラプランシュ&ポンタリスの『幻想の起源』(1985)に触れているからのちに当たってみようと書いていた。『精神分析すること』はまだ手に入れられていないのだが、『幻想の起源』は入手したので、該当部分だけでも確認しておこう。レヴィ=ストロースや「構造」の話も少しだけ出てきていた。なお、メールマンの論文が1972年であるのに対して『幻想の起源』の出版が1985年であるのが変に見えるが、この本のもとになった論文は1964年に雑誌掲載されたものであり、メールマンはそちらを参照していると思われる。

ラプランシュはラカンの仲間であったが、1964年にラカンがSFPから脱退して自らの学派「パリ・フロイト派」を立ち上げる際に、「『フロイトへの回帰』を全くわれわれ流に行なう」(『幻想の起源』、福本訳、p. 2)として袂を分った。本書では、以前に『精神分析用語辞典』を作成するにあたって行ったフロイト著作の徹底的な読み込みを活かして、フロイトがいかにして、通常の外的現実と区別されるところの「心的現実」や「幻想」といった概念を作り上げてきたかを論じている。

第三章と第四章を読もう。

ラプランシュ&ポンタリス『幻想の起源』

第三章「私は先史時代に関する著作を読む」

まず前提として、フロイトは1897年にそれまでの自身の「誘惑理論」、つまり患者が皆幼児期に大人によって性的に誘惑されたトラウマを(実際に)持つという理論を放棄した。それには色々な理由がある。そして、ラプランシュによればそこからフロイトが病因に関する理論を発展させた道のりには、大きく二つの流れがあるという。

まず一つには、幻想とは単に分析すべき素材なのではなく、むしろ分析の結果症状の背後に明るみに出されてくる潜在内容でもあるということの発見がある。もう一つは、フロイトが『夢判断』や『日常生活の精神病理』、『機知』などの著作で行ったように、「幻想を変形する諸作用」(p. 32)を理論化していった流れである。

そしてラプランシュは(自分で二つの流れと言っていたにもかかわらず…)、さらに第三の流れがあるという。それは、フロイトの精神分析が持つ「症状および人格の神経症的な形成の基盤へと遡る退行傾向」(p. 33)である。フロイトは分析を通じて、患者のトラウマ(第一の時)である起源的な場面(原光景、原場面)を明らかにしようとする。それは狼男症例が典型的であるように、両親の性交の場面の目撃である。しかし、その原光景が再構成されるのは「後から」である(事後性)。第一の時にはそれが性的なものともショックなものとも受け取られておらず、それは第二の時になってトラウマとして表れてくる。

ここで、フロイトの「後からの効果」という図式と、ラカンの「排除」概念が比較されている。抑圧とは区別され、象徴界に組み込まれなかったものが「排除」されたものであり、排除されたものは現実界において再出現する(幻覚などにおいて)。だが、もしフロイトにおける「第一の時=原光景」つまりトラウマの出来事が、少なくともその時には主体にとっていかなる把握も行われないものであるとすれば、これこそ象徴化されなかったものであり、「排除」されたものと考えることができる。そうであれば、ラカンはごく一般的に(神経症において)起こることを、精神病に特有な過程と見做してしまっているのではないか、と問われている。ただ、L&P(ラプランシュ&ポンタリス)が直後に述べているように、神経症においては排除され孤立していた第一の時の要素が、第二の時においてちゃんと象徴化される。これに対して精神病においては、第二の時における象徴化が失敗されるのだ、という区別も可能である。

狼男症例における、フロイトによる原光景の再構成はとても強引にも見える。それが本当に起こったのかはわからない。「彼は、知覚は少なくとも手がかりを提供したはずであると執拗に主張する。それがたとえ、単に犬の成功を見たということであろうと」(p. 37)

こうして、原光景に関する現実の基盤を提供できる支えがあまりにも脆弱であることから、フロイトは「起源的幻想(原幻想)Urphantasien」という概念を導入した。

「原光景が主体によって本当に体験されたものなのか虚構なのかは決定できないことがわかったので、幻想を最終的に基礎づけるものを主体の内側に、個人の経験と想像されたものの両方を超える何ものかに、結びつけなければならない。」(p. 37)

個人の経験とは実際の現実の経験のことであり、想像されたものというのは素朴な意味での、主観的で快感原則に従った幻想のことであろう。フロイトはこの両者を超えたところに「原幻想」を置いたのである。

第四章「原[起源的]Ur」

フロイトは原幻想について、それが個人の主体以前に普遍的に存在するような「典型的な」幻想を見出すことができると考えた。ここまでくると、かなり非科学的になってくる。フロイトは「系統発生」の考えを用いて、人類における起源の時代に現実だったものが、現在の人間の幻想のさらにもと(原)となっていると考える(例えばトーテムとタブーの神話)。さらにそれは、幻想が人類の歴史を通して「遺伝」してきているというこれも信じがたいフロイトの仮説と結びついている。

ここで、人類学的な言及がなされている。メールマンがこの論文を扱おうと思ったきっかけでもあるか。

「想像的なものの働きに形を与えそれに自己の法則を課すこの「現実」の中に、レヴィ゠ ストロースやラカンがそれぞれ民族学及び精神分析の領野で配列と効力を明確にしたような、或る「象徴的秩序」が予め表示されていると認めたくなる。それらの場面は『トーテムとタブー」がその筋道をたどっていると主張する人類の先史時代に移され、原人類(Ur-mensch)・原父(Urvater)へと帰せられる。フロイトがそれらに訴えるのは、個人の歴史の水準では彼が得られない現実性(realite)を見出すためにというより、組織化の原則を自ら持てないために「無意識の核」を構成できない想像的なものを、境界づけるためである。」(p. 40-41)

L&Pは原幻想を、レヴィ=ストロースやラカンが作り上げた「象徴的秩序」と同一視しようとしている(同じ、とまでは言っていないが)。たしかに、共同体の象徴的秩序は神話として、あるいは意識されない行動規則として、代々伝わっていくものであり、フロイトの考えたような生物学的「遺伝」ではないとしても、ある仕方で継承されていくものと考えられているのは間違いない。だが、L&Pは次のようにも言っていることに注意しなければならない。

「そうであるにせよ、『系統発生的な説明』を急いで構造主義的な解釈で置き換えないようにしよう。起源的幻想は主体の歴史の手前にあるとしても、なおかつ歴史の中にあり、言説であり象徴的な連鎖ではあるが、想像的なものの要素が浸透している。それは構造であるとしても、偶然の要素によって構成されている。起源的幻想は何よりも幻想なのであり、経験が可能となる条件を提供するにせよ、なお純然たる超越論的な図式に還元し難い幾つかの特徴を持っている。」(p. 41-42)

L&Pは、原幻想がもつ「幻想」の側面、つまりそれが歴史内的なものであり、想像的なものであり、偶然的なものであることを忘れてはならないという。原幻想は一面においては前-歴史的なカテゴリーであるが、他面においては歴史的な内容なのであって、その微妙なラインで考えよ、ということだろうか。ただ、この歴史的かつ前-歴史的というのは、言い換えれば通時的かつ共時的ということでもあるだろう。これは松本(2018)などが論じているように、構造主義における歴史がもつ「通時は共時において現れる」という二重性を考えることで、やはり原幻想を構造主義的な「神話」として解釈することができるように思われる。想像的な面というのは、神話がたんに構造だけでなくそれぞれの表象やキャラクターを持つように、その本質は象徴的構造だ、と考えれば良いのではないか。

少しすっ飛ばして、第四章の結論的なパラグラフを示す。

「これらの起源の幻想が[フロイトにではなく]われわれに対して持つ意味を問うならば、われわれは解釈の別の水準に身を置くことになる。そこでは、幻想が象徴的なものに捕らえられているばかりでなく、[主体を]最も根本的に創設する象徴的なものが身体という現実(le reel)のうちに挿入されるのを、想像的な脚本の媒介によって翻訳していると言いうる。脚本はその挿入を再現しようとしている。われわれにとって原光景は何を表わしているであろうか。妊娠(及び誕生)の生物学的な事実と親子関係の象徴的な事実との結合、性交という「野蛮行為」と母-子-父という三角形の存在の結合である。去勢幻想では、現実的なものと象徴的なものの結合はさらに明白である。誘惑について付け加えると、フロイトが幻想から科学理論を引き出し、迂回を経て最終的に幻想の機能そのものを発見したのは、われわれが指摘したように、数々の誘惑の事実に出会ったためばかりではない。それはまさに、彼が起源の観点から、性が人間存在に到来する仕方を説明しようとしていたからである。」(p. 46-47)

要するにL&Pは、原幻想が単に構造主義的な「構造」すなわち象徴界に還元できるものではなく、象徴界・想像界・現実界の三者にまたがるもの、その結節点であると考えているらしい。

メールマンは次のようにまとめていた。

「レヴィ=ストロースがトゥピ族との二重関係で行き詰まったように、J.ラプランシュとJ.-B.ポンタリスはフロイトについてこう述べている。ポンタリスは、主体/客体、生物学的体質/トラウマ的出来事、内的/外的という一連の不適切な対立の観点から、フロイトの構成の要であるエディプス・コンプレックスを概念化することの難しさを述べている。やがてフロイトは、彼が発見した奇怪な領域の存在論的地位を、Urphantasien(原幻想)の観点から考え抜くことになる。それは、世代から世代へ、オイディプスの三角形からオイディプスの三角形へと伝達される普遍的な構造スキームであり、究極的には、『トーテムとタブー』において死んだ父親の不在が果たす原初的な役割に象徴される、神話的な地位にある前史に根ざしたものである。」(Mehlman, p. 18-19)
Just as we saw Lévi-Strauss stymied in a dual relationship with the Tupi, so J. Laplanche and J.-B. Pontalis have described Freud’s difficulty in conceptualizing the cornerstone of his construct-the Oedipus com-plex— in terms of a series of inadequate oppositions: subject/object; biological constitution/traumatic event; internal/external. Eventually Freud will be led to think through the ontological status of the bizarre domain he had discovered in terms of Urphantasien (primal fantasies): universal structural schemes, transmitted from generation to generation, from Oedipus triangle to Oedipus triangle, and ultimately grounded in a pre-history whose mythical status-symbolized by the primordial role played by the absence of the dead father in Totem and Taboo – Freud on occasion seems not far from admitting.

どうやらメールマンは、L&Pが論じる原幻想を素朴に人類学的・構造主義的な象徴的秩序と解釈しているようである。だが、上にも述べたようにL&Pはそれを留保しているのであり、メールマンの読みはあやしい。

ルクレールの『精神分析すること』は本郷の図書館にあってまだ手に入れていないのだが、どうやらROBERT GEORGIN.(1983) DE LEVI-STRAUSS A LACANの中でも扱われているようである。人類学や構造主義に関して論じられているのだろうか。要確認。

————–

フロイト「ねずみ男」症例(強迫神経症の一症例に関する考察)を読む、の続き。今日から第二部。

第二部 理論的研究

(a)さまざまの強迫的形成物の二、三の一般的特徴について

この節で最初にフロイトは、自らが1896年の「防衛-神経症に関する考察の追加(防衛-神経症再論)」(フロイト著作集には未収録、フロイト全集3巻に収録)の中で行った強迫観念の定義を自己批判している。この辺り少しわかりにくいのだが、ざっくり言えば、強迫観念とはたんに非難や呵責の念というだけでなく、「どんな種類の精神活動についても形成されうるものだ」(フロイト著作集9、p. 262)ということである。それは、願望や欲望、衝動、反省、疑惑、命令、禁止など多様である。

患者は自らの中に湧き起こる精神活動について、それを何でも強迫観念として見なそうとすることをフロイトは批判、というか、その認識は間違っていると主張している。「一般に患者は、これら〔多様な精神活動〕の区別を曖昧にしてしまいたがり、これらの精神活動の中から感情的な指標を取り去って、その残りの内容を何でも強迫観念と見なしたいという要求を持つ」(p. 262)。その典型例として、ねずみ男が自らの願望を単なる「思いつき」に過ぎない、と強調したことを挙げているのだが、これがなぜ実例として挙げられているのかよくわからない。自分の能動的な願望ではなく受動的な「思いつき」と見なす、というのが、自らの精神活動を強迫観念として見なす、ということなのだろうか。そうやって自らの憎悪や醜い願望から自己を免責している、ということだろうか。

興味深いのは、フロイトがここで、たんに強迫観念のみを考えているのではなく、湧いてくる強迫観念に対する患者の応答の仕方、その観念の解釈の仕方という二重の機制を考えていることである。強迫観念に対する患者の二次的な対応のことをフロイトは「第二次の防衛闘争」と呼んでいる。そして、患者の中には、強迫思考と理性的思考とが葛藤し混合することで「譫妄」が生まれるとされる。これはつまり、一見すると荒唐無稽で非論理的な命題が妥協的に形成されてくる、ということだろう(強迫神経症においてもヒステリー同様に妥協形成は見られるということだろうか?)。

この後の部分がわかりにくい。

第一次の防衛闘争と第二次のそれとを明確にはっきり区別することの意義は、患者たちが自分たち自身の強迫観念が持つ本当の意味、原文を知っていない、という事実をわれわれが認識することによって意外にも著しく制限される。これは逆説的に聞えるかもしれないが、正しい見解である。精神分析治療中に勇気を得るのは患者ばかりでなく、喩えて言えば、彼の病気そのものもまた勇気を得て成長する。すなわち、病気は思いあまって、もっとはっきりした表現を示してみようという勇気を成長させる。その場合、比喩的な表現を棄てれば次のようなことが起こるということができる。すなわち、これまで自分の病的産物の知覚を恐れ避けてきた患者が、今度はそれらの病的産物に注意を向け、それらをより明瞭にそして詳細に体験するようになる、ということである。」(p. 263)

第一次の防衛闘争」というのは強迫観念の無意識的な形成であろうか。そしてこれが患者の意識に侵入してきた時に起こるのが「第二次のそれ」であり、その結果「譫妄」が形成される。フロイトはこの二つの次元を区別して論じるのかと思いきや、患者がその強迫観念の意味を知らないということによって「制限され」てしまうらしい。なぜだろう。しかも後半部分では、患者の強迫症が、より直接的な表現を持って生じ、そのことによって患者がその病的産物にしっかり注意を向けることになる、と言われているのだが、それが前半部分とどのような関係にあるのかよくわからない。

とりあえず先に進もう。

強迫症的形成物を明確に認識するためには二つの特殊な方法があるという。一つは、夢において、強迫観念の「原文」が現れてくることを経験的に知っているということ。もう一つは、強迫観念は何度も姿を変えて現れるのだが、「最初に現れた形こそが正しい形であり、しばしばそれはその本来の意味をすっかりさらけ出している」(p. 263-4)ということ。(それゆえ、先に読んだラプランシュ&ポンタリス『幻想の起源』で言われているように、分析は患者の歴史的起源的な事象へと遡行していく退行的性格を持っている、ということができるだろう。)

患者は強迫観念が湧いてきた時に、ある種の儀式的な振る舞いによってそれに対処しようとする。その振る舞いの例はここで二つ挙げられているのだが、後者の方はラカンも言及していたものである。

「いつかほかの機会に彼は、自分の呪文について話したことがある。彼はあらゆる外界の攻撃をふせぐために、功徳のありそうなあらゆる祈祷文の頭文字からその呪文を組み立て、さらにそれにアーメン Amenを添えた。私がその文句をここに並べるわけにはゆかない理由を、さっそく話すことにしよう。というのは、私はその文句を知った時、それがむしろ彼の崇拝する婦人の名前の字謎〔アナグラム〕だと気づいたからである。彼 女の名前にはひとつのSが含まれていた。彼はこのSを、呪文の最後すなわち付け足しのアーメンAmenのすぐ前に置いた。したがって彼は——こう言って差し支えなければ——彼の精液Samenを、愛している恋人につけたことになるのである。すなわち観念の中で、彼女自身を相手に手淫していたわけである。」(p. 264-5)

これについてラカンは1953年のローマ講演にて、「狼男」症例の「ヴェスペ」のアナグラムに続けて次のように言っている。

「字と言えば、次のことも思い出される。鼠男は二つの言葉を呼び出しそれらを縮合してあの錬金術的呪文を作ったが、フロイトがその呪文から鼠男の愛する人の名のアナグラムを抽出したあとにも、Sという字が余りとして取り残される。そしてこのSは、彼の呪文の後部を成すアーメンにひっついて、この女性の名を彼の不能なる欲望の象徴的放出によって永遠に浸しつづけているのである。」(ローマ講演、新宮訳、p. 102[E 301])

ここでは、去勢(狼男の場合)や射精といったものが言語平面、象徴的平面において代理的になされることが論じられている。ラカンにとってランガージュ(言語)は「微細身corps subtil」(新宮は仏教用語に訳している)であり、ある種の身体である。「主体を虜にしているあらゆる身体イマージュのうちには、諸々の語たちが、取り込まれている」(ローマ講演、p. 102)。つまり主体は現実的な身体とは別の、いわば言語上の身体、象徴的身体のようなものを持ち、この平面で自らの欲望を代理的に果たそうとするのである。

ローマ講演の第三章では、ねずみ男症例について断片的に論じられている。二箇所あるので見てみよう。

一つ目は、ねずみ男が大尉から「鼠刑」について教えられたことをフロイトに話すのに苦しみ、沈黙した場面についてである。ここでは「抵抗」が働いているがゆえに語りの中断が生じたのであるが、ラカンによればフロイトはこの抵抗を適切に認識し対処することができた(「今日の技法論者たち」は、ここでフロイトが抵抗に気づかなかったと言っているという)。

ラカンはまた、「患者が最初の沈黙に陥った時、フロイトは確かに患者をそこから抜け出るように励ますような弊には陥らなかった」(新宮訳、p. 86)と言っているのだが、実際にはフロイトは患者が沈黙してしまった時に次のように語りかけていた。

「私は、『私も残酷なことは嫌いです。もちろんあなたをいじめたくはありません。しかし私の力の及ばないことをあなたにしてあげることはできません。あなただって私に彗星を二つくれと頼むわけにはいかないでしょう。それと同じことなのです』と彼に断言した。そしてされに、『抵抗の克服こそ治療の命ずるところなのです。その命令を私たちは無視したくてもできません』と告げた」(フロイト著作集9。p. 221)

これは、患者に沈黙から抜け出るように促すような励ましではないのだろうか?このフロイトの語りかけはどんな意義を持っているのだろうか。このような語りかけは一般的な感覚から見ると少し変である。フロイトは、自分が無理やり話させようとしているのではなく、「治療の命ずるところ」に逆らうわけにはいかないのだ、という言い方をしている。免責的にも見える。だがラカンによれば、フロイトは「主体が自分の語らいを続けていくために保証として求めた理論的な説明が、どのような効力を持つことになるのかということも見逃さなかった」(新宮訳、p. 87)らしい。抵抗理論について患者に説明することがどういう意味を持つのかについて、フロイトは自覚的だったとのことらしいが、当該のフロイトのテクストにはそういった点は見出されないようにも思える。

またラカンは、この場面でフロイトは患者にとって例の残忍な大尉へと同一化されている、とも言う。鼠刑について話させようとするフロイトが、患者にとっては大尉と同じ役割を持ったということだろう。

抵抗に対する適切な語りかけとはどういうものであるか。ラカンは、フロイトがここで「抵抗解釈」をすることなく、「主体の求めに近づいていった」と述べている。抵抗の解釈というのはラカンが批判するところだが、一体何をすることが抵抗解釈なのだろうか。

ラカンはまた、フロイトがその解釈を患者に語る時の「我々の目にはそやに見えかねないほどの極端に当て推量的な性質」(p. 87)を指摘する。たしかに、フロイトの解釈はある点において飛躍的なところがある。とくにもはや想起不可能な幼児期経験の再構成ともなると、ほとんど妄想的に見えるような解釈を与える。だが、これが大事であるらしい。

「そこでなされているのは、教説でもなく教唆でもなく、実は話〔パロール〕の象徴的贈与というべきものなのである。フロイトが患者のゲームに想像界において参与しつつ、その中から発したこの話の贈与は、秘密の契約に満ちており、それは、のちになって主体が自らの思考の中で、鼠と、分析家に支払うグルデン貨幣との間に象徴的等価性を打ち立てたとき、その影響力を明らかにすることになったのである。」(p. 87)

パロールの象徴的贈与。これは充溢したパロールのことだろうか。フロイトはこの抵抗の瞬間に、「抵抗を深追いすることをやめ」、むしろその抵抗を「話〔パロール〕が共鳴のきっかけを見出すための恰好の機会としてそれを活用した」のである。よくわからない。ただ、抵抗というのは「パロールの共鳴」を見出すための機会になるらしい。抵抗は解釈するものでも見逃すものでも、反対に深追いするものでもなく、パロールの共鳴を見出して象徴的な贈与を行うための機会である、ということだろうか。ラカンはまた別の言い方をもしている。

「そして我々は同時に、フロイトの成功の源を把握することになる。分析家のメッセージが、主体の深い問いかけに答えるためには、主体がそれを、個別に自分に向けられた応答であるとして聞き取ることが要請される。そして、フロイトの患者たちというのは、メッセージの予告者その人の口からぴったりな話を受け取るという特権を持っていたのであって、それゆえ彼らにおいては、その要請が満たされた。」(新宮訳、p. 88)

なんとなくはわかるのだが、それがどういうことなのかと言われると説明できない。

さらにラカンは、フロイトのやり方を現代(1953年当時)に真似しても無駄だとも語る

「今日、特にこの本が分析家の間でさえよく知られるようになったということもないのに対し、フロイトの諸概念は一般の意識の中で世俗化し、我々の言う言語活動の壁に染み通っている。そのことのために、我々が、鼠男へのフロイトの談話と同じスタイルを我々自身の話に採用したとしても、その話の効果は弱まることになる。/しかしなにもフロイトを真似なければならないというわけではない。フロイトの話の効果を再発見するために、我々は、フロイトの話の言い回しそのものではなくて、むしろその話を動かしている諸原理を頼りにしよう。」(p. 88)

フロイトがねずみ男を分析した時代には、フロイトの理論はまだ人口に膾炙していたとは言えなかった。だからこそ、フロイトの分析スタイルは効果を持っていた、とラカンは言っている。したがって、分析に関する諸概念が広く知られるようになり、分析家のもとを訪れる人々もまたそういった概念や分析例を知った状態でいる場合には、フロイトと同じセリフを言ったとしても同じ効果は得られない。同じ戦法は二度使えない。これは、分析家は精神分析をその都度創造していかなければならないという、後の「パス」制度の基本原理でもあるといえるだろう。

ローマ講演においてねずみ男が論じられるもう一つの箇所では、ねずみ男に対するフロイトの分析についてより具体的に論じられている。

フロイトは患者に対し、その神経症が「彼の想い人とのつながりを、患者の死んだ父親が禁止していることの結果である」(p. 104)という解釈を伝えた。ちなみに、新宮の訳注によれば(ラカンは示唆するにとどめている)、ねずみ男の強迫観念に現れる恋人の名前はGiselaである。そして、フロイト自身が過去に恋心を覚えた相手がGiselaであったことが、上の解釈をひらめくきっかけになったのだという(ラカンはこのことを「既に我々がセミネールで示しておいたことだが」と言っており、おそらくセミネール第1巻より以前の、1952年あたりの私的なセミネールにおいてだろうか。最初に扱ったのがねずみ男であるとどこかで聞いた覚えがある)。

フロイトが正しい解釈を告げるとともに、患者もまたそれを認めるということが起きた。

「同様に、フロイトが目標に到達したのは、患者が、徒労に終わらざるをえない返済のシナリオによって、強迫的負積からの圧力を無理矢理に主体化しようとしていたことを認めることによってであった。〔中略〕埋め合わせることの不可能な象徴的負債という開口部を、まさに彼の誕生のときに運命が定めた布置とともに、彼に再発見させることによって、フロイトは目標に到達したのであった。患者の神経症は、その象徴的負債への支払拒絶証書となっていたのである。」(p. 104-105)

患者はもはや返金先ではないA中尉に対して「徒労に終わらざるをえない返済のシナリオ」を強迫的に作っていた。つまり、患者は神経症を形成することを通じて、返済に対する拒絶を示していたことになる、ということだろうか。

そして、先ほども見たようにフロイトは患者の抵抗に対し、「道を譲ってやる」(p. 105)ことによって、患者にフロイトに対する転移を引き起こした。これは、患者がフロイトの家で出会った一人の少女(他の患者か?知り合い?)をフロイトの娘だと思い込んだという出来事のことである。その後患者は、その少女が眼の代わりにその位置に二つの大便の塊をつけて(ラカンは「タールでできた眼」と言っている。なぜ?)、患者の目の前にいた、という夢を見る。

ラカンがここで、抵抗に道を譲ることによって転移を引き起こすことになったと述べているのは、セミネール1巻で検討されていた「転移性抵抗」の成功例としてねずみ男症例を考えているからなのだろうか。

通常、陽性転移(分析家を好きになってしまう)や陰性転移(分析家に憎しみを持つようになってしまう)などを通して、分析の継続を妨害するようなタイプの抵抗がある。だが「転移性抵抗」というのは、また異なる種類の抵抗である。

再び脱線になるが、セミネール1巻の第IV章「自我と他者」を見てみよう。

ラカンたちは抵抗の本性がどのようなものであるのかを問うている。フロイトは、抵抗というのは抑圧verdrängtされたものや禁圧unterdrücktされたものから生じる、と言っている。抑圧と禁圧の違いについてラカンはここでは触れないと言っている。なお、抑圧と禁圧の違いは当ブログでセミネール5巻の読解の重要な点になったものである。ラカンは既にこの頃から、抑圧と禁圧の違いを考えていたことになる。なお、セミネール3巻でも少しだけこのことに言及されている。

ラカンは次に、フロイトの論文「転移の力動性について」(1912)を読むように言っている。フロイトはこの論文の中で、転移というのは分析治療以外の場においては治療作用の担い手になるはずなのに、「何故、分析治療の場合には、治療に対する最も強力な抵抗としてあらわれるのか」(フロイト著作集9、p. 70)と問うている。この問題関心から、抵抗というのが一体如何なるものかを論じている。

分析において患者の無意識の病因核に向かっていく際には、フロイトの記述をようやくすると、3種類の抵抗に出会うことになる。第一のものは、外界から無意識要素へと内向or退行したリビドーの、内向きの引力によって生じる抵抗。第二の門は、無意識の要素が「抑圧」されていることから生じる抵抗。そしてそれらの抵抗を乗り越えていった先にあるのが、「転移性抵抗」である。

「無意識の根源にまで追求してゆくとやがてわれわれは一つの領域に到達する。その領域では抵抗がはっきりとその力を示している。すなわち、患者の心に今ここで思い浮かんだことを、抵抗の要求と分析的な探究操作の要求との間の妥協形成物として考えなければならない領域に達するのである。そして、我々の経験の立証するところによると、ここに転移が生ずるのである。」(p. 73)

つまり、分析の手を逃れていく抵抗力にさからってどんどん分析を進めていくと、最後にはその抵抗が消失するのでなく、抵抗の要求と分析の要求との間でなにかが妥協的に形成されるのである。それは、何か特定の観念や語りかもしれないし、あるいは沈黙(語りの中断)の場合もある。

何らかの観念が形成されてくる場合、それはどんな観念なのか。ラカンは仏語訳の不十分さを指摘しながら、「nächst Einfall(最も近い着想・連想)」であると述べる。つまり、もう少しで発見されそうになったコンプレックスの内容が、もし仮に分析医の人物に転移するのに適した内容であれば、その転移は「抵抗をも満足せしめるものである」ので、転移が生じる(丁度分析家が近くにいるから、「nächst Einfall」になったのだろうか?)。ねずみ男の転移が分析のまさに終局に生じ、また患者がフロイトの解釈を受け入れるきっかけになったことも、このことと関係しているといえるだろうか。

コンプレックスの内容が暴露される代わりに、沈黙が起きたり、分析家への転移が生じる。これが転移性抵抗である。

ラカンは、「転移との関係で織り込まれている抵抗」(この表現は重要である。p. 69)において、つまり転移性抵抗において「分析家の現前」が生じるということを繰り返し述べている(「分析家の現前」はセミネール11巻でも論じられる)。そして抵抗が強く働き、その極点で転移が生じたときのこの経験は、特殊な感覚を帯びているという(cf, p. 71, 83)。そしてこれは、「ディスクールのある側面から他の側面へ、あるいはパロールの機能のある面から別の面へと主体を移行させる突然の転換を、主体自身がその時まるで突然の方向転換のように強く感じるということ」(p. 69)であるという。

「パロールの機能のある面から別の面へ」というのは、パロールの二つの側面、つまり関係を創設する媒介の側面と、真理を暴露する側面のことではないだろうか(cf. 2024/9/2の記事https://shanazawa4.wordpress.com/2024/09/02/2024-9-2/)。

ラカンによれば、暴露するパロールが語られようとしたときに抵抗が働き、「パロールがその媒介という第一の面へとすっかり重心を移してしまい、他者との関係という機能だけになってしまう」(p. 82)ということがある。これと照らし合わせれば、パロールが持つ関係創設機能(これは人類学の言語論からラカンが受け取ったものと考えられる)は、転移性抵抗において生じる「転移」 のことを言っているのではないだろうか。そこでは、患者が分析家と関係結んでいるか。

パローうのこの方向転換(真理の暴露→媒介)については、次のようにも言われている。

「それは私がスーパーバイズをしている時に、今日もここに出席されている或る人が言ったことですが。「今週は患者はあなたに対してどんな様子ですか」と私が尋ねると、彼は私がこの屈曲点に据えようとしたものと正に一致する或る言い方でこう答えました。『患者は私を証人にしました』。この『証人にするla prise à temoin』とは、正に最も高められてはいるが、しかし既に屈折させられたパロールの機能の一つです。/さらに進展するとそれは誘惑になるでしょう。そしてさらに進むならそれは他者を或る戯れの中へ捕らえようとする企てになります。その戯れの中でパロールは、より抽象的な機能へと、そしてより深い本能の充足へとすら移行するのです。そのことは分析経験がはっきり示していることです。そして行き着く最後の段階については言うに及ばないでしょう。つまりパロールの機能の転移現象の中での完全な解体です。そこでは主体は完全に解き放たれ、正に自分の気に入ることを行なうに至るとフロイトは言っています。」(S1上巻、p. 83-84)

—————–

修論の構成を考える。やっぱりレヴィ=ストロースだけで書くのは厳しそう。とりあえず修論はこれまでの蓄積があるマリノフスキー、レーナルト、レヴィ=ストロースの三者でいく。レヴィ=ストロースだけの研究はそのあとで形になったらラカン協会にでも出したい。どうやらレヴィ=ストロースに関する外国語論文は、レヴィ=ストロースの『野生の思考』や、60年代以降の著作を扱い、ラカンに関してはセミネール11巻を扱っているものが多い印象がある。ただ、僕の修論が主なターゲットにするのは50年代ラカンの思想形成に寄与したレヴィ=ストロースの議論であるから、こういったものは後回しにした方がいいかもしれない。印象としては、レヴィ=ストロースとラカンにおける「主体」を比較するものがFrederick, J. F. (1989). Myth and Repetition: The Ground of Ideality in Lévi-Strauss and LacanとSimonis, Yvan_A Way of Comparing Levi-Strauss and Lacan。これらに加えてROBERT GEORGIN.(1983) DE LEVI-STRAUSS A LACANも、60年代以降の議論が中心である。

ラカンの50年代のセミネールを論じているのは今の所Fink, B. et al.(1996) Reading Seminars 1 and 2, p. 98~, Anne Dunand. Lacan and Levi-Straussくらい。みんなエクリにばかり言及している。80年代くらいまでの文献だとセミネールがそもそも出版されていなかったり、出版からマモなかったりするから仕方がないかもしれない。Juan Pablo Lucchelli「神経症の個人神話」を扱っている。あとできればZafiropoulos, M.(2003) Lacan et Lévi- Strauss ou le retour à Freud, 1951- 1957. P.U.F.は手に入れておきたいが、他大学の図書館に行かなければならない。

なんとなく流れを妄想。マリノフスキーを論じたところで、「ランガージュ」というのが単に過去の経験の「場」ではないことを結論した。それを、レーナルトを媒介して、レヴィ=ストロースとラカンにおける「無意識」あるいは「象徴」概念の比較へと繋げていく。レヴィ=ストロースにおいて象徴とは何なのか。ラカンにおいてはまた異なるのか。象徴は無意識と同じなのか。違うものなのか。そのあたりを先行研究見ながらやる。そして、パロールの理論。ラカンの創設的パロールの理論を見て、それが人類学における「呪術」行為由来のものであるとう仮説を提出する。

More Posts

“2024/9/18”. への1件のコメント

  1. 2024/11/7 – shanazawa.com

    […] 修論の最終部にあたるラカンのパロール論を書き進めた。セミネール1巻の議論は大体書いた。この後にさらに発展形としてセミネール3巻の議論も書こうと思っているのだが、シェーマLの説明もしないといけなくなるし、なかなかにややこしい話になりそうなので、一旦後回し。時間があったらやる。明日以降はレーナルト章をブラッシュアップかな。なお、以下の内容は9/2(https://shanazawa4.wordpress.com/2024/09/02/2024-9-2/)および9/18(https://shanazawa4.wordpress.com/2024/09/18/2024-9-18/)で扱った。 […]

    いいね

2024/11/7 – shanazawa.com への返信 コメントをキャンセル