ミケル・ボルク=ヤコブセン(2008[1999], [原著1991])『ラカンの思想 現代フランス思想入門』、p. 228~56、「無意識は神話である」の続き
レヴィ=ストロース的な呪術と精神分析の違いはどこにあるのか。たとえばDunandは、呪術が患者を共同体に再統合させるのに対して、精神分析はむしろ集団と個人(患者)の間に「ギャップを作るproduce a gap」ことを目的としている、と解釈していた(cf. https://shanazawa4.wordpress.com/2024/09/09/2024-9-9/)。精神分析は患者の主体性、特異性を重んじるからである。
だが、とボルク=ヤコブセンはいう。たしかに、ラカンは個人を社会環境へ「適応」させるという(アメリカ的な)分析観を告発していたのだが、「しかし、分析の狙いが社会への患者の統合のし直しであるということを片時も疑ったことはない」(ボルク=ヤコブセン、p. 235)。ラカンの考える精神分析においても、患者を社会生活へと復帰させることは相変わらず大事なことだ、とボルク=ヤコブセンは主張する。
では、アメリカ的精神分析とラカンの精神分析では、本質的には何が相違するのであるか。それは、「アメリカの精神分析医たちが、社会をエゴが適合せねばならない実在と考えるのに対して、ラカンはレヴィ=ストロースとともに、社会と言うものを、その象徴的な本質において考えていると言う点である」(p. 235)。ラカンにおいて患者が適合せねばならないのは、「端的に恣意的慣習であり、端的な言語的契約である」。適合する先のものを、実在的なものと考えるか(マジガチで受け取るか)、象徴的な「単なる約束事」と考えるか、という違いと言い換えられるだろうか。「ラカンにおいて重要なのは、患者を社会性の原理そのものへと導くことである、と言っても良い」。社会というものの、慣習性、恣意性、契約性を認識し、あえてそこに適合する。あるいは「なりすます」。ラカンの精神分析における「適合・適応」は、いわばそういった「なりすまし」である。
ここでボルク=ヤコブセンは、アメリカ的精神分析との対比においてラカンとレヴィ=ストロースを同じ立場と見做している。つまり確かにレヴィ=ストロースは社会性の原理そのものを思考していた。しかし、それは呪術と精神分析を同一視することを含意しはしないのではなかろうか?呪術もまた、ラカン的精神分析と同様に考えて良いのだろうか?呪術において病人が社会へ再統合されるとき、それは精神分析において患者が社会へ再統合されることと同義なのだろうか(Dunandはそこを区別していたわけである)?
この後、この節の残りの部分でボルク=ヤコブセンはパロールの虚構性・神話性と「真理」について語っている。フロイトは初期のヒステリー研究から、患者の語りは決して「実在」を反映したものではなく、「心的事実」としての物語=歴史を語り出していることを発見した。ラカンはこれを、「真理」の次元にあるものと考える。つまり患者の語る「虚構」あるいは「神話」は、「真理」なのである。ボルク=ヤコブセンの論じ方は分かりにくいが、ともかく患者が語り出しにおいて自らの真理を開示するということが起こる。「すなわち、嘘が語られれば、それだけ一層、真実が語られる。過去が虚構されれば、それだけ一層、未来が作り上げられる(予言される)、ということだ」(p. 239)。患者の語りが現実の次元でなく真理の次元にあるというのはわかるが、「虚構されればそれだけ一層真実が語られる」というのはロジックがよくわからない。これは、ラカン自身の予言的な語り、あるいは「私は真理を語る」という姿勢につながるように思われる(バディウの『ラカン』)。
そしてこれが「暗示」の議論に結び付けられる。ボルク=ヤコブセンは暗示を「想像的暗示」と「象徴的暗示」に区分する。想像的な暗示がフロイトの批判対象になったものであり、これは外的現実に患者を適合させようとする意図に基づいているという。しかしボルク=ヤコブセンは、それでもラカンは「象徴的暗示」ともいうべきものを秘かに推奨したのではないか、と主張する。「ラカンの言う解釈、つまり現実におけるあらゆる保証を原理上免れていながらも、患者自らの最も固有の存在へと変えるような言葉と言うものを、象徴的暗示と言う以外にどう呼べば良いのだろうか」(p. 240)。なるほどボルク=ヤコブセンはここで、真理の次元における解釈というものの暴力的なまでの自由さを考えているように思われる。私が何を欲望しているか、それは他者が私の言説に与える解釈である。語ったことは原理上、いかようにも解釈しうる。それは解釈者によって私の欲望が思いのままに支配される、といっても良いのではないか、ということだろうか。解釈の暴力性、支配性。これはボルク=ヤコブセンも自覚しているようにショッキングなラカン批判ともなるだろう。
「呪術師とその魔術」(p. 241〜56)
この節でボルク=ヤコブセンは、精神分析家と呪術師の比較を行なっている(レヴィ=ストロースの「呪術師とその呪術」を参照、ラカンはこの論文に言及することがなかったが、ボルク=ヤコブセンは注の中で参照するよう促している。河野一紀の論文あり)。ラカンは分析家を呪術師に、分析を呪術に見立てて考えていたのだろうか。ボルク=ヤコブセンの引用するところによれば、そのように見える部分もある。しかし、彼によれば、ラカンは決して精神分析の非科学性を認可していたわけではない。
「ラカンにおいては、精神分析の魔術的性格を主張する事は、その科学的な性格を主張することと決して矛盾するものではない。逆に現代科学の最先端部分に精神分析を近づけるのは、まさしくその魔術的性格なのである。」(p. 243)
ラカンは科学を魔術化している一方で、魔術を科学化している。魔術こそが最先端の科学である。それは数学を用いた魔術であり、「ラカンは、代数的錬金術、言語的呪文およびトポロジー的護符を使用する真性の学者である、ということだ」(p. 244)。
そして呪術師の行っていることがいかに外的現実にとって「ペテン」であるとしても(ケサリードのように…)、それは象徴的な次元での操作であり、「『ゼロ象徴』というものを、彼ら〔集団に〕獲得させる」限りにおいて有効である。ここで浮遊するシニフィアン、ゼロ象徴が出てくるが、これは重要概念であるにもかかわらずボルク=ヤコブセンの説明はいささか曖昧である。「ゼロ象徴を獲得させる」という言い方は正しいだろうか。レヴィ=ストロースがモースを批判する文脈では、マナを後から注入するというのは正しくない見方で、むしろマナは体系の全体性として最初からあり、これが分節されていくものである。
ともかく、ボルク=ヤコブセンはこのようにして「数学」を媒介に、魔術と科学を結びつけようとする(少なくともレヴィ=ストロースやラカンはそう考えていた、とする)。だが、レヴィ=ストロースとラカンの間には違いがあるという、というよりも、ラカンはレヴィ=ストロースよりもさらに先へと進んでしまった。
「レヴィストロースは、自らの論文で聖なる象徴と数学の記号との間に想定される。等価関係を基盤にした魔術と、その効果に関する合理主義的な理論を提供するだけで、結局は満足していた。 しかし羅漢はその論理の確固たる意味を突き詰めて、すぐさまその等価関係から避けることのできない結論を引き出したのである。」(p. 247)
この、ラカンがずっと先に行ってしまった地点、そしてレヴィ=ストロースが流石にそこまではいけず唖然としてしまった地点というのが、ラカンの「数学素mathème」つまり数学的記号を用いた奇妙な形式化である。アルゴリズム、グラフ、トーラス、ボロメアンの結び目…。ラカンとレヴィ=ストロースの違いは次のようにも語られる。
「明らかに、レヴィーストロースが数学者達の間に結ばれた合理的な慣習(取り決め〕(したがって必然的な慣習、なぜなら慣習は拘束するから)から出発して魔術的象徴の恣意性を理解しようと企図していたのに対しで、ラカンは、全く逆の方向に進み、その結果、最も科学的な象徴の持つ常軌を逸した 虚構的な(虚構化された)性格を一層鮮明に露にする」(p. 248)
なんとなく、魔術と数学の同一視と数学の魔術化をレヴィ=ストロースよりもラディカルに推し進めたのがラカンだ、という論調はわかるが、細かいところがわかりにくい。レヴィ=ストロースとラカンはどういう意味で「全く逆の方向に進」んだのか?つまり、レヴィ=ストロースはあるシステムのルールの慣習性・恣意性から、魔術もまた恣意的であるという方向に思考を進めたのに対し、ラカンはいわばレヴィ=ストロースの到達点(魔術の恣意性)から反対方向に遡行して、数学的ルールの恣意性を到達点にしてしまった、ということだろうか?両者のこの方向性の違いには、そんな本質的な違いがあるだろうか?
こうして、ラカンの「数学素」の取り扱いは、「数学」の取り扱いとは異なることになる。ラカンは単に数学的記号を用いているだけで、数学をやっているわけではない。それは呪術師が空や鳥や火を用いて、日常生活の取り扱いとは全く異なった世界観を描いているのと同様である。なお、この点に関して注の中で、ラカンがA・ルメールの『ジャック・ラカン入門』によせた序文においてラプランシュとルクレールを批判していることを記している。そこではラカンが自らの隠喩の分数定式を、本当の数学の分数と同じように操作しようとしていることを皮肉っていた。つまりラカンの数学(みたいな)定式は、本当の数学のルールに即して操作するのではなく、そのラカンのシステムのルールに即した操作をしなくてはならない。したがってラカンのマテームが数学的・科学的に誤っている、という批判はナンセンスである、ということになる。
「それ故、結局は、ラカンの数学素に対して、その科学的でない性格を告発しようと望んでも、それは無益であろう(語呂合わせに関して、その不真面目な点を告発しても、それが何になるだろう) 。ラカンが一番自らの虚構を信じていなかったのであり、その企ては実際全く別のものであり、いずれにせよもっと巧妙であった。それは魔術の全体的な脱神秘化に基づいた科学の全体的な神秘化の企て——ある意味で、これは完全にシニカルなものであって、なぜなら、それは完全に意識的であるから——であった。」(p. 250)
この説明、特に「魔術の全体的な脱神秘化に基づいた科学の全体的な神秘化の企て」というのは精妙な言い方である。だが、それによって数学の記号システムと、魔術やその他の人文的なシステムとを同一視することは可能だろうか?あの数学システムの現実接地性と厳密さに匹敵する別の記号システムが存在しうるだろうか?
ここから段々と、ボルク=ヤコブセンの論旨は精神分析の宗教性へと焦点を移動してくる。つまりラカンが科学を魔術化することによって到達する点というのは、つまりは科学の宗教化であり、「象徴界の宗教」(p. 250)の創出である。
これは、精神分析と社会との関係にも基づいている。あらためて考えてみれば、たとえ分析の部屋で語られた患者の「虚構の真実」が分析家によって承認されたとしても(あれ?他者の言述を承認するのは患者自身ではなかったか?それとも患者の語る虚構は、他者の言述とは別?)、「だからといって社会全体によってその承認が為されることにはならないであろう」(p. 251)。つまり「分析装置とはユートピアである」(p. 236)としても、分析装置内でのみ患者が治療されても意味がないのではないか?しかし、現実はあまりに現実的すぎるのであって、社会全体を呪術的共同体へと回帰させることはもはや不可能である。ではどうするのか。
ボルク=ヤコブセンは、この問題に直面した後期ラカンの立場を次のように解釈している。
「分析医にとってこの問題に対処する方法があるとすれば、その唯一の方法とはセクトのために戦うことであり、セクトを社会全体に拡大し、そうして古き良き伝統的社会においてあったように、個人的神話と集団的神話との隔たりを再び解消することができるように、セクトのために戦うことであろう。そして事実、ラカンが暗黙裡に推し進めていたのは、このことであり、ラカンにとっては分析の目的は自己自身が分析医に成る資格と厳密に一体となっていた。実際これが意味するのは、分析の治療上の狙いは同時に、道義的で普遍的で、新加入者を募る教育的なその狙いと一体となっていた、ということ以外の何ものでもない。ラカンが個人的治癒という考え方を敢えて嘲弄することができたとすれば (SCI/1,17-18)、それは、ラカンが実際に集団の治癒に希望を抱いていたからであり、つまり「癒す」ということが、自己自身が「祈禱師」(一人の分析医)と成り、そして他の「祈禱師達」(他の分析医達)を育成し、今度はこの新たな「祈禱師達」が他の「祈禱師達」を育成するなどすることに帰着する、と考えられていたからである。」(p. 253)
さらにそこから、
「これは驚愕すべきプログラムであって、科学のプログラムでもなければ、治療学のプログラムでもなく、まさに宗教の(あるいは宗教の政治的解釈の)プログラムであった。」(p. 253)
とすら言われる。
ラカンのとった方向は、精神分析共同体を一個の宗教共同体とし、それを拡大させていくことでいわば新たな社会を作り出してしまおう、ということであったと言えるか。そのことによって、「人的神話と集団的神話との隔たりを再び解消する」。「それは結局のところ、精神分析という『科学的妄想』を社会全体に拡張する企てだったのである」(p. 253-4)。
ここでさらに「妄想」「狂気」に結び付けられている。「この企ては、自らが狂気であることを知っているだけに、一層厄介な狂気である」(p. 254)。
しかしボルク=ヤコブセンによれば、ラカンのこうした「狂気」の企ては、全体主義的な狂気とは区別されるという。なぜなら、「ラカンにおいては、この企ては、自らが伝播しようと企てていた神話の象徴的な——換言すれば「虚構的な」「トリックのある」さらに「妄想を引き起こす」——性格を同時に主張することによって、いわば内部から蝕まれることになる」(p. 254)からである。「すなわちあらゆる省庁の不在を、象徴化するよう定められた端的な『ゼロ象徴』である、と知っているにもかかわらず、その神話を信じる(信じさせる)にはどうすべきなのであろうか」(p. 255)。
どうだろうか。これがラカン解釈として正しいのか判断はつかないが、ただ「狂気であることを自己認識している狂気」というだけではうまくいかない気がする。ラカンはもっと先を思考していたのではないだろうか。没入と反省、疎外という近代的な主題でもある。
よし、ボルク=ヤコブセンもこれで該当部分の全体を検討できた。かなり個性的な解釈もあり、しかしその解釈に一定の説得力もあった。いくつか解釈を見てきて、それぞれに込み入って入るが立場の違いもあることがわかってもきた。
昨日、外国語論文のダウンロードできるものは全て印刷して、バイト先に行くときにJuan Pablo Lucchelli(2006), Le mythe individuel revisité,をプリントアウトして読んでみた。Lucchelliはこのあとに幾つか論文を書いており、(おそらくそれをまとめた集大成として)2014年に『Lacan avec et sans Levi-strauss』という本も出している。その手始めにざっと眺めてみたのだが、この論文ではラカンの「神経症の個人神話」とレヴィ=ストロースの「神話の構造」が扱われていた。僕はどちらもまだ詳細に検討していなかったので、正直あまり内容がよくわからなかった。いまフロイトのねずみ男症例を読んでいるが、その作業と並行して、レヴィ=ストロースの「神話の構造」も読んでしまわねば。
それにしても、論者ごとに使うレヴィ=ストロースの文献に偏りがあることがわかる。
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フロイトの「ねずみ男症例」(「強迫神経症の一症例に関する考察」)(1909)を読み解く。昨日の続き
(b)幼児期の性生活
患者は自身の幼児期の性生活について語り出す。4、5歳のとき、美しい家庭教師のペーター嬢(ここで「ペーター」という姓が通常男性のものであることにフロイトは注の中で留意している。当時、家庭教師は普通、名で呼ばれるのが常であるが、ここで患者がその家庭教師を姓で、それも男性的な姓で読んだことについて、「彼の生活における同性愛的な対象選択の役割」を示していると解釈している)のスカートに潜りこんで身体を見たり触ったりしていた。6歳あるいはそれより1年ほど後の時期には、もう一人の美しい女性リーナ嬢にも同じように、体に触ったりしていた。
6歳の頃には自身の勃起を経験し、悩んだ。というのも、このことについて両親に相談してはいたのだが(ここからやや不可解)、「<両親は、僕の心のうちを知っているのだろう、〔…〕言葉でそのことを聞かなくても、両親はちゃんと知っているだろう>という病的な考え」(フロイト著作集9、p. 218)を抱くようになった。
さらに患者は、自分の父の死に対する恐怖心を長く持っていることを告白した。しかし、フロイトのもとに来た頃、患者の父親はすでにかなり前に死亡していた。
フロイトが見たところによると、患者は思い出を語った6、7歳の頃にはすでに強迫神経症であった。そしてこの頃の強迫症は、その後の病苦の「原型であり、いわばその基本構造であった」(p. 219)。ここでフロイトは、女性の身体を見たいという「瞠視欲Schaulust」と、それに伴う激しい苦痛や恐怖心との相関を指摘している。それは願望に対する自我の相剋ということでもある。
これをフロイトがいい直すには、「私が、女の裸体を見たいと思うならば、私の父は死ななければならない」(p. 219)。
強迫神経症の要素は以下のようにまとめられる。
①性愛的本能(女性の身体を見たい)とそれに対する反抗(自我の相剋、恐怖心)=「私が、女の裸体を見たいと思うならば、私の父は死ななければならない」
②譫妄ないし妄想形成。<自分は自分の考えを漏らしてしまったのだから、両親は自分の考えを言葉で聞かなくても見抜いているだろう>。
②に関してフロイトは興味深いがわかりにくい分析をしている。
「『私は、耳に聞くことなしに自分の考えをしゃべっている』ということは、彼は何も知ることなしにその考えを抱いてしまうという我々の仮説の外界への投影、すなわちそれは抑圧されたものの、精神内部における内的な知覚のように思われる。」(p. 220)
まず、「私は、耳に聞くことなしに自分の考えをしゃべっている」などと患者がどこで行っているのか?患者が語っている妄想は「両親は、僕の心のうちを知っているのだろう」ということである。そして、「彼は何も知ることなしにその考えを抱いてしまう」というのがフロイトの仮説であるらしいが、これもよくわからない。患者の妄想ではないのか?それとも、全く空虚なところから勝手に考えを抱いてしまう、という「妄想」の特性のことを言っているのだろうか。
それはさておくと、
・「私は、耳に聞くことなしに自分の考えをしゃべっている」
・「〔患者は〕何も知ることなしにその考えを抱いてしまう」
という二つの命題があり、これらが「外界への投影」の関係にあるということになる。後者を外界に投影したものが前者である。つまり、患者が勝手に「その考え」すなわち「勃起」を考えるということ(この時点でよくわからない)が、外界に投影されて、自分ではない誰か(この場合は両親)がそのことを考えとして抱く(言葉で伝えずとも)、ということだろうか。そしてそのことが、「抑圧されたものの、精神内部における内的な知覚」であるとも言われる。
まず、抑圧されたものを内的に知覚する、とはどういうことか。さらにそれは投影なのか。「投影」に関して言えば、メタサイコロジーにおいても(たしか「快感原則の彼岸」)、防御することのできる外的刺激に対して、防御できない回避することもできない内的な刺激については、これを「あたかも外的知覚かのように取り扱おうとする」、つまり投影することによって対処しようとする、と言われていた。そのことであろうか。
そしてフロイトは、患者の記憶がはっきりしている6歳「以前に」、外傷的な体験や葛藤、抑圧が起こったのだと推測する。だから6歳以前の記憶は健忘されているのである。そして付け加えるには、強迫神経症はヒステリーと違って、「早期幼児期の性的活動の存在が〔…〕必ず気付かれている」(p. 220)。
「すなわち、強迫神経症と言うものは、ヒステリーよりももっとはっきり、精神神経症を形成する主要要因は現実の性生活にではなく、むしろ幼児期の性生活の中に求められるべきであると言うことを我々に認識させるものである」(フロイト著作集9、p. 220-1)。
強迫神経症はヒステリーよりも、フロイトの性理論の正当性を証明してくれるものだ、ということであろう。
(c)大がかりな強迫的恐怖
患者はフロイトの元を訪れる動機になった出来事について語り始めた。
①ある軍事演習に参加している八月、行軍をした休憩中に、鼻眼鏡を失くした。そこでヴィーンのかかりつけの眼鏡屋に、代用品を送ってくれるよう電報を打った。このとき、M大尉の近くに座る。
②M大尉は残忍な性格で、患者はそれに不安を覚えていた。将校食堂でM大尉は、恐ろしい鼠刑について患者に話した。それは、罪人の尻の上に鉢がかぶされ、その中に鼠が押し込まれて肛門の中へ向かって孔をあける、というものであった。
鼠刑について話す間、患者は激しい不快感を示した。得意な複雑の亜表情であったという。フロイトの表現によれば、それは「彼自身も気づかない彼の快感に対する、激しい嫌悪感の表現」(p. 222)であった。さらに患者の語るところによれば、この刑罰が自分にとって大切な人物(おそらく患者の父親と、リーナ嬢か)の身の上に起こっているのだという考えが「電光のように心に閃」いた。さらに、「この刑罰を執行するのは私ではなく、刑罰はその人物にまるで非個人的に行われるみたい」なのであるという。
ここには前節で扱われたのと同様に、願望と恐怖心のアンビバレンスがあるように思われる。すなわち、「私が、女の裸体を見たいと思うならば、私の父は死ななければならない」と同じものである。患者の願望の方は、「肛門」に、つまり同性愛や女性になりたい願望に関係しているだろうか。そしてそれと相剋する形で現れる恐怖心としては、鼠刑が自分の大切な人に課せられる、という譫妄である。患者はこのジレンマの中にいる。
そしてこの苦痛な感情に対して、患者は「手を打ち振る動作を伴う『しかし』という言い方と『お前は一体何を考えているのだ』という言い方」によって、「婦人〔リーナ嬢〕に鼠刑を課す〔課せられてしまう〕」という考えと、さらに「<彼の父にも課せられる>」という考えの両方を振り払うことができた。しかしフロイトがいうには、前述したように患者の父親は数年前にすでに死亡しているのであって、すでに死んでいる人物に対して刑罰が課せられるという強迫妄想は「最初のそれ〔婦人に関するもの〕よりはるかに無意味」(p. 222)である。
③翌晩、M大尉が患者に郵便で届いた鼻眼鏡の小包を渡して言うに、この小包の着払い代金をA中尉が立て替えたから、きみ〔患者〕はA中尉にその代金を返済しなくてはならない、とのことである。そこで患者の中には、金を返すな、さもなければ大切な人に鼠刑がおこるぞ、というかんがえが生じた。そしてこの禁止命令を打ち消すようにして、また別に、「お前はA中尉に3.80クローネを返さなければならぬ」という「誓いのような命令」(p. 223)が生まれてきた。
④二日後に演習は終わった。患者は郵便局へ出向く別の将校を通じて金を支払おうとしたが、その将校は郵便局でA中尉に出会うことがなかったため、これは失敗した。しかし、彼は「お前が=自分で」返金しなくてはならないという命令の言葉に相応しくないのではないかと不安だったので、これにはむしろ安心したのであった。
⑤とうとう患者はA中尉を見つけ、返金しようとした。ところがA中尉は、自分は立て替えてなどいない、立て替えたのはB中尉だ、と言った。そこで患者は自分の誓いが誤っていたことに非常に困惑し、最終的には次のような奇妙な解決策を編み出した。「A氏およびB氏と一緒に郵便局へ行き、そこでA氏が受付嬢に3.80クローネを与え、受付嬢はこれをB氏に与える」(p. 223)。こうすれば誓いの言葉通りに返金することができると考えたのである。
彼はこれを語った第二回目の分析の最中に、興味深い話をした。彼は、「この刑罰〔鼠刑〕が、この世だけでなく、未来永遠に、来世にまでも、引き続いて行われるのではないか」と心配していた(p. 224)。彼はもともと14、15歳まで宗教的な人物だったが、やがて無宗教者になったのであった。その際、お前は来世の生命について何も知らない、他の人たちもそれを知らない、結局人間は何一つ知ることがない、だから何をしても恐れることはない、何をしたって構わない、というような自問自答を行うことによって、「自己の宗教性と無宗教性との矛盾・相剋を解消しようとした」のだと語った。
このような主題はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』的でもある。ラカンは『エクリ』の「犯罪学における精神分析の機能に向ける理論的序説」の中で、老カラマーゾフと息子(誰?)との次のような対話を紹介している。
「老カラマーゾフがその息子に向かって<神が死ねばすべてが許される>と言ったときその眼は情欲に輝いていましたが、それに対してドストエフスキーの主人公らしい虚無的な自殺について夢みたり、ニーチェの風船のなかに一生けんめい息を吹き入れようとしたりするこの青年は、悪態と身振りの限りをつくして<神が死ねばもう何も許されません>と答えるのです。」(エクリ1、p. 178、E 130)
ラカンはこの話をセミネール2巻でもしている。
「ご存じのようにカラマーゾフの息子イワンは、教養ある男が考えそうな大胆な道へと父を導き、そしてよりによってこう言わせます。「もし神が存在しなければ・・・・・」——「もし神が存在しなければ、その時はすべてが許される」と父は言います。明らかに素朴な考え方です。というのも我々分析家は、神が存在しなければその時はもはや決して何も許されないということを知っていますから。神経症者がそのことを毎日教えてくれます。」(S2上巻、p. 215)
分析家は「神が死ねばもはや何も許されない」と考える立場(アリョーシャの立場?)のようである。
次に、「第三回の分析会見の終わりに彼は」、上に述べた奇妙な作戦をどのように実行しようとしたのかについて話した、とフロイトは語るのだが、さっきまで第二回の分析の話をしていたのに、いきなり「第三回の分析会見の終わり」まで話が飛ぶのがよくわからない。次に語られる出来事は、まだ患者がフロイトを訪ねる前の、前日譚である。前日譚の語りが、第二回と第三回に分割されて話されたのだろうか?それとも単なる誤訳?
続きはまた明日。
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