2025/6/18

 一般に悪名高いラカンの「秘教性」とは裏腹に、彼は1957年4月3日のセミネールで次のように語っている。「我々の領野と、それに関連させるべき他の諸々の領野——それらは相互にも関連づけるべきものです——との連続性について、常にもっと強調しなくてはならないと思っているからです。〔中略〕他の学問とのこうした連接を確立することは、我々の領域を位置付けるためにも、また単にそこで自分の位置を見失わないためにも必要不可欠である、と私は思います」(S4上巻73頁)。ハンス症例を解読するため、彼は人類学における「神話」概念への参照を躊躇わない。その始まりにおいては状況の要請という面もあったが[1]、ラカンは決して精神分析の領域に自閉自足するのではなく、「現実という一連の重曹的な次元」を捉えるために異分野の知見と協働した。


[1] 「ラカンはつねにフロイトの学説の外側にあった精神医学、シュルレアリスム、哲学という知識に立脚した。また知られているように、たえず外部の世界に依存しなければ、たぶん、1936年から読みはじめたようにはフロイトを読めなかっただろう。なぜなら、かれが最初にとりくんだフロイトは、アカデミックなフロイトだったからである。」(ルディネスコ『ラカン伝』、129頁)

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『日常生活の精神病理学』の第12章Dにも「デジャヴュ(既視感)」についての記述がある。特に新しいことが言われているわけでもないが、改めて読んでみて、やはり「すでに見た」と「すでに話した」はさしあたり区別しておいた方がいいのかもしれないと思った。ラカンはこれが同じ領域にあると言っていたが。

つまり、婦人患者のデジャヴュにおいては、不都合な観念の自覚に繋がりかねない、二つの状況の「類似」の意識が抑圧され、その代わりに「すでに見た」感覚がやってきたのであった。だが、「すでに話したdéjà raconté」についてフロイトは、「精神分析治療中における誤った再認識(『すでに話した』)について」(1914)の時と同じく、ただ以前に話そうと企図していたのが行われず、その単なる企図にとどまったものが実際の実行として錯覚され、現在話したときに「すでに話した」という感覚が生じたのだと説明される。これだけである。そこでは婦人患者のように、何か不都合な真実を抑圧することに寄与する形での特殊感覚の発生ではない。もちろん、なぜその時、語りを実行しなかったのか、あるいはなぜ不履行が履行として錯誤されていたのか、という問いは立てられる。

なお、訳註によると「既視感」については『夢解釈』の1909年追加分(フロイト全集5、153-154頁)、似た事象としての「離人症」については「ロマン・ロラン宛書簡——アクロポリスでのある想起障害」(1936)(フロイト全集21)に、フロイトの記述があるらしい。後で確認しておこう。

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