2025/5/10

家庭教師が終わってアトリエでエックハルト読書会。ドイツ語説教の「神の子の誕生について」から2ページだけ読んで、あとは読んだ部分を理解するために細く情報や別の部分を読んだり、議論したりした。はじめて他人にガイドするような専門外の分野だった(とはいえ、色々自分なりに考え抜いたからやりたいとも思った)が、議論も白熱して手応えがあった。

正直、最初は不安だった。神学テクストを読む、それも一般の人と呼んで話し合うというときに、どれくらい自分の実存的・信仰的な話や解釈をしていいのかどうかわからないからだ。あまりにプライベートな話や恥ずかしい話にもなりかねない。しかし、とはいってもそれをゼロにして専門家として学者として振る舞うには知識が足りない。結局、なぜキリスト教のテクストを扱うようになったのかという僕個人の動機を来場者に聞かれたので、少し踏み込んで話すことになった。結果、良かったと思う。

ラカンとレヴィ=ストロースのやつを論文化しなくてはならないのだが、逃避的にラカンとピションについての文献調査を片手間に進めている。それで日本語文献の中心的なものとしては赤間啓之『ユートピアのラカン』(1994)というのがある。おそらくラカン理解におけるピションの重要性を提唱したほぼ最初の日本語文献である。これはMichel ArrivéのLangage et psychanalyse, linguistique et inconscient: Freud, Saussure, Pichon, Lacan.と同じ1994年なので、かなり早いし内容も優れている。

それで書いてあったのだが、ピションはフロイト概念をフランス化しようしていたというのが赤間の見方であり、つまりピションはラカンに先駆けてこれをやっていたわけだ。そこからラカンにおけるピションの隠蔽(特に「排除forclusion」概念がピション由来であるにもかかわらずそれを明言しない)が出てきているのだという。そしてそれに関連するが、ピションはかなりナショナリスティックな動機から言語学を展開していた。フランス語という言語ナショナリズムである。簡単にいえば、ソシュールの「恣意性」は全ての言語を代替可能なものにし、またそれゆえに「言語なき思考」を完全に認めることにつながるインターナショナルリズムであるとすれば、ピションは実際に『語から思考へ』の冒頭でソシュールを批判することによって、フランス語に特有な思考やニュアンス、そして各国語の特異性が思考を規定しているとする立場をとるナショナリズムであるとされる。そして、フランス語のナショナリティを代表するのがその「否定」表現なのである。

「フランス語の『否定』には、言葉の本来の意味での否定とは言い切れない、なにか独自のものがある。これこそが彼の『排除(forclusion)』の理論の背景にあるものです。」(赤間1994、40頁)

ピション言語学の背景にナショナリズムがあることを強く看取するのは柄谷行人であるらしいが、これを呼んだときになるほどと思った。そういえば、日本の言語思想も一貫して「てにをは」という独自の助詞に自らの言語・文化・思考の独自性を仮託している。時枝が日本言語思想の側に立ってソシュール批判を行うのは、ある意味でフランスにおいてピションがソシュール批判を行うのと通じ合うところがあるのではないか、と思った。つまり「恣意性」をめぐって、ソシュールの立場を受け入れるか否かというのは、言語において、また言語ナショナリズムにおいて非常に重要な分岐点になるのである。時枝は「言語過程説」というのを唱え、またソシュール的な言語の「観察的立場」に対して自らの「主体的立場」を置く。だが、この主体的立場というのは言語を人間の主体性から切り離して置く観察的立場と違う立場であり、つまりは「言語なき思考」を認めない立場であるとも言えるだろう。言語を少なくとも部分的にでも思考に紐づけておくことが、言語ナショナリズムには必要である。

ただ、そうすると赤間が続いて分析するように、ラカンがピションを自らのネガとする形で、つまり「言語なき思考」批判をひっくり返して「思考なき言語」にまで行った、というのはどう理解されるだろうか。これはソシュールのネガでもあるだろう。ソシュールは言語を人間から切り離して外在化し、観察的立場をとることで「言語なき思考」を認めた。これに対しラカンは言語の自律性・自己増殖性を主張して「思考なき言語」に行った。だからラカンはピションのエセ後継者であると同時に、ソシュールの導入も可能であった、ということか。いやだが、あんまりうまく整理できた感触もない。

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