関連する主要な論文は以下のとおり。
「自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察」(1911)
「嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について」(1922)
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「嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について」(1922)
はラカンが1932年のRevue francaise de psychanalyseに仏語訳して掲載したフロイトの論文で、『Premiers ecrits』(2023)の最後にもそのときの仏訳が収録されている。この論文の前提には「シュレーバー症例自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察」(1911)がある。以下、フロイト著作集6より。
A 嫉妬
フロイトによれば嫉妬は悲哀と同じように正常な情緒である。だがそれが抑圧されるということもあって、それに応じて発現の仕方が異なってくる。フロイトは嫉妬を三種類(三段階)に区別する。
(1)競争するときのあるいは正常の嫉妬
(2)投射された嫉妬
(3)妄想的な嫉妬
(1)「正常な嫉妬」は、失われた愛の対象にまつわる悲哀や苦痛、自己愛的な心の痛手、恵まれた競争相手に対する敵対感情、愛の喪失を自我の責任に帰そうとする自己批判の発心などに由来している。つまりは恋愛的な嫉妬と競争における嫉妬。
ただ嫉妬の根本というのは無意識に根ざしているものであって、「小児のごく早い時期の感受性の興奮を引き継いだうえ、最初の性的な時期のエディプスコンプレクスや同胞コンプレクスに起源を持つ」(p. 254)。
さらに「性」というのも関わってくる。「嫉妬を多くの人は両性的に体験する」。表向きには嫉妬は、愛する女性を失う苦痛と恋敵の男性への憎悪を経験する。しかし無意識ではそれが反転しており、「愛した男性を失う悲哀と競争者としての女性への憎悪が強まることがある」。つまり嫉妬は無意識下の同性愛的傾向が反転して現れたもの、ということになるか。
(2)「投射された嫉妬」は、男女と共に、自らの不実を抑圧することによって起こる。たとえば夫婦生活で浮ついた傾向が自分の中にあったとすると、それを認めたくないので抑圧し、その不実傾向を相手に投射することによって(つまり相手こそが不実を犯しているのではないかと疑うことによって)自分の良心の呵責から解放されることになる。「この強い動機から、相手の行動のうちに、本人は無意識な不実への欲動をうかがわせる材料を探しては、相手もまた自分に比べてさほど善良ではない、と考えて自分を正当化する」(p. 255)。
(3)「妄想的な嫉妬」は「投射された嫉妬」と同じように抑圧された不実への衝動から起こるのだが、「その対象は男性という性質を持っている」(p. 256)。これはきわめて簡潔かつ圧縮されて表現されているので、全文を引く。
「妄想的な嫉妬はいわば発酵し終わった同性愛の上積みに相当していて、古典的な型のパラノイアのうちに位置を占めている。あまりに強い同性愛に対する防衛策として、それは次のような公式(男性の場合)で言い直せるだろう。私が彼を愛しているのでなくて、彼女が彼を愛している」(p. 256)。シュレーバー症例が参照されている。
これはシュレーバー症例の有名な変換公式のことである。該当部分をざっと見ると(フロイト著作集9、p. 330-332)、基盤にある同性愛的傾向「私〔一人の男〕は彼〔男〕を愛する」という命題が変形されることによって、この命題を隠蔽するための様々なパラノイアのパターンが現れてくるのだとされる。それは、(a)迫害妄想「彼は私を憎む」、(b)被愛妄想「彼女は私を愛している」、(c)嫉妬妄想。この(c)において、「あの男を愛しているのは私ではない——彼女こそあの男を愛しているのだから」(フロイト著作集9、p. 331)という仕方で同性愛的基盤が隠蔽されることになる。ここでは主語「私(一人の男)」というのが「彼女」へとずらされている(「愛情主体の転換」)。
B パラノイア
基本的にパラノイア患者は精神分析を遂行することが困難なのだが、ここでフロイトは二例のパラノイア患者について検討することができたと言っている。
(1)完成した嫉妬妄想をもつ青年
実際は申し分ない貞節な妻に対して嫉妬妄想を抱いてしまう。しかもそれは、双方が満足するような性行為のあった翌日にきまって発作があった。フロイトはここから、「いつも異性愛のリビドーが満たされた後で、その時同時に刺激された同性愛的要素が嫉妬妄想となって現れざるをえなかったのである」(p. 256)と推論している。
実は、この妻には本人も意識しない、男性に対するきわめて些細な「媚び徴候」があった。したがって青年は、そのわずかな徴候を通常よりも高く受け取って、嫉妬を展開させていたのである。
この傾向は追跡妄想を持つパラノイアにも共通している。追跡妄想ないし関係妄想者は、他人が示す些細な徴候を高く評価して増幅させ、愛情や敵対感情として解釈する。そして人が通常、知らない人に対して見せる「よそよそしさ」は関係妄想者に対しては敵意として見做されることになる。「『よそよそしい』ことと『敵意がある』ということは根本的には似ているので、パラノイア患者が、他人の無関心を敵意があると感ずるのは、彼らの愛情を期待することの強さに照らし合わせてみて、さほど不思議ではない」(p. 257)。
自分の共同体の外部の者が敵か味方か、という二者択一は人類学的。レヴィ=ストロース『親族の基本構造』の互酬性に関する議論もそうだし、バンヴェニスト『一般言語学講義』の「印欧語彙における贈与と交換」(1951)にも同様の議論がある。だからマリノフスキーが「単なる愛想としての言葉」と名付けたように、知らない人と近くに居合わせた時にはなんでもない言葉を交わすことによって、互いが敵ではないことを確認し合う必要があるのである。そう考えれば、パラノイアというのはそのような人間の社会性の根幹が増幅され表面化する現象、と考えることもできるか。
さらにここでも投射による嫉妬が自らのうちにある不実から注意をそらせる効果があることが述べられている。これは言い換えれば「自分自身の中の無意識なものから注意を逸らして、他人の無意識なものに注意を向けている」(p. 257)ということである。他人の中に見出すものは、ほかでもなく自分の中にあるものである。したがって追跡妄想における他人からの敵意も、それは実は自分が他人に対してもつ敵意の投射された形態ということになる。パラノイアではおそらくシュレーバーを念頭に、「もっとも愛する同性の者がまさに加害者になる」(p. 257)とも言われている。
それからちょっと文脈を繋ぎにくいところだが、フロイトは「この感情の逆流はなにに由来するのかという疑問」を考えている。これに対する答え:「いつも感情の両立性があって、それが憎悪の基盤にあり、満たされない愛情の要求が憎悪を強めるのである。このようにして感情の両立性は追跡される者にとっては同性愛の防衛に役立つだろうし、同様に我々の患者にとっては嫉妬がその役を務める」(p. 257)。
「感情の両立性」という者がまずある。おそらくこれは愛と憎しみとのアンビバレンス、その未分離な情動がまずあるということだと思う。そこから、愛情が満たされないことによって憎悪が強まると言われている。なんとなくわかるのだが、それが目下の議論の中でどのような役割を果たしているのかやや躓く。憎悪が表面化することによって、同性の相手に対する愛情要求から気を逸らすことができるということだろうか。そしてそのような隠蔽工作が可能であること自体が、「感情の両立性」に基づいているということだろうか。「否定」(1925)においても、精神病患者の否定癖、拒絶癖は、欲動の中から正のリビドーが撤収されることによって起こると言われていた(フロイト著作集3、p. 361)。また「終わりある分析と終わりなき分析」(1937)でもエンペドクレスにおける愛と闘争が、エロスと破壊と同じ者であるとして、欲動の両義性を語っていた。ちなみに「終わりある分析と終わりなき分析」では女性と男性のそれぞれに「ペニス羨望」と「男性的抗議」という問題が割り当てられており、どちらも去勢コンプレクスに対する態度であると言われる。男性的抗議というのは男性が男性に対してもつ、受身的立場に立ちたくないという傾向であり、ペニス羨望は女性男根期の男性的なものへの志向のことである。つまりどちらの性においても、ある「男性的なもの」と直面する不安(去勢不安?)がある。根本にある同性愛的傾向というのは、エディプスコンプレクスにおける父親との関係からくるものなのだろうか。
この嫉妬妄想の患者の同性愛について、フロイトは「家族の中で父が重要人物ではなかったこと」、「少年期の早い時期に、恥ずかしい同性愛の経験が精神的外傷になったこと」(p. 258)を指摘している。この青年は(父親よりも)母親との結びつきが強かった。
(2)追跡妄想患者の若い男
典型的な追跡観念を持ち、自分が知人や友人から欺かれたとして不信の念を感じていた。もちろんこれは、自分が相手に対して持っている憎悪の投射され合理化された形である。
フロイトはここでいきなり「重要な知見と思われること」を表明している。「ある種の神経症的な形成物があるという質的な契機は、この形成物がどの程度の注意力を、いやもっと正しくいって、どれほどのエネルギーの充当をひきつけているかという量的契機ほどは、実際的な意味を持たないことである」(p. 259)。量>質。つまり、神経症的、ヒステリー的、妄想的な形成物は発症前から日常の心理の中に併存しており、それに対するエネルギー充当の「量」が度を過ぎることによって、病因として作用し始めるのである。そしてある経路でエネルギー充当が大きくなるとは、それとは別の経路が「回路開閉Schaltung」するということでもある。「心の動く過程の一方向で抵抗が増大すれば、他の通路の一つが過度に充当されることになり…」。したがってこの追跡妄想においても、なにかに対するエネルギー充当が抵抗を受け「閉鎖」したということになる。まあ、それは自分の無意識。
以上2例のパラノイアに関して、それぞれが見る「夢」には興味深い対照が見出される。(1)の患者の夢はほとんど正常であり、患者の嫉妬妄想は夢の中には侵入してきていなかった。これに対して(2)の患者では追跡妄想が夢の中にも影響を及ぼし、追跡される夢をよくみた。そして「彼が非常な不安を感じながらやっと逃れたその追跡者は、決まって一人の頑丈な男か、そのほかなにか男らしさの象徴であって、夢の中でさえも父の代理と考えられることが多かった」(p. 259)。
夢には、覚醒時には現れること許されない内容が受け入れられ、現れる。しかしフロイトが夢に関してここで強調しているのは、「夢は一つの思考の型である」ということである。「それは、夢の作業とその条件によって行われる前意識的な思考材料の組み替えである」(p. 260)。ここからB節最後までの説明がよくわからない。夢というのは前意識的な思考の場であり、そこにも病因的過程の結果が現れているということを言っているようなのだが、しかし夢においては病的な観念が変形しないとも言っている。要するにフロイトがここで、夢というのを無意識の観念が変形=隠蔽されて現れる場としているのか、そうでなくやはり変形されて現れる場としているのかわからない。どっちつかずの文章になっているように思われる。
C 同性愛
まず、「同性愛の気質的要因を認めたとしても、同性愛が成り立つときの心理的な過程を研究する努めを免れたことにはならない」(p. 260)。この命題は現在でも通用するだろうか。
同性愛の定型的過程はこうである。母親との固い結びつき→思春期以後に母親へ同一化→愛の対象のうちに自分自身を発見し、「かつて母親が彼を愛したようにその対象を愛するようになる」(p. 260)。男性同性愛は母親への同一化によって同性の対象をナルシスティックに愛することだということになる。「これは一般に異性へ向きを変えるよりは手近であるし実現もしやすい」。「性欲論三篇」でも似たことが言われていた気がする。
このような傾向の背後にあるのは、「男性の性器を高く評価すること」である。したがって女性はペニスを持たないが故に嫌悪されることにもなる。ここにも「父への配慮や父に対する不安」がある。つまり女性への嫌悪=女性を対象とすることの諦めは、「父との競争を避けるという意味がある」(p. 261)。このようにして同性愛には、母との結合——自己愛——去勢不安という三つ組が定型としてある。
またフロイトが新たに見出したとする同性愛的な対象選択のメカニズムには、「幼児に母コンプレクスから競争者に——多くは兄に対して——強い嫉妬の興奮を表した」というものがある。同胞に対するこの憎悪感情がのちに抑圧されることで、感情の転回がおこり、その結果当初は敵であった同性対象が今度は愛の対象に変わったというのである。同性愛と嫉妬はこのようにも結びつくことになる。根源的な嫉妬の体験(つまり愛の対象である母親を獲られるという欠乏体験)が「兄弟」において起こるというのは、ラカンがアウグスティヌスの逸話(母親の乳を飲む兄弟を嫉妬の眼差しで見つめる子供、だったか)を引いて繰り返し語っていたと思う。
同性愛のこのメカニズムは、追跡妄想のメカニズムと同じであるが、対象的である。つまり「追跡妄想では、はじめに愛した人が憎い追跡者になるが、ここでは憎まれた競争相手が愛の対象に変わるのである」(p. 261)。なるほど確かにそう考えると、嫉妬妄想の背後にある同性愛的基盤というのは、さらに元を辿ると母親の愛をめぐる敵対感情があるということになるのだろうか。つまり最初に敵対→反転して同性愛→反転して嫉妬、という交替があるのだろうか。
最後に、同性愛者の多くは「とくに社会的衝動が発達して公益的なことに熱中する点で際立っている」と世間で言われていることについて。これに対してフロイトは、「同性愛の対象選択が、男との競争を幼児期に克服したことに由来する」(p. 262)と考える。
「精神分析的な考察で、われわれは社会的感情を同性愛的な対象に対する態度が昇華されたものと見ることに慣れている。社会的な志向を抱いた同性愛者は、社会感情を対象選択から分離することに十分には成功してはいないのであろう。」(p. 262)
一般に異性愛者においては、基盤の同性愛的傾向が「昇華」されたことによって社会的感情が生じる。とすれば、同性愛者(つまり同性愛的傾向が昇華されていない者)で尚且つ社会的感情を抱いているということは、対象選択と社会感情が混じり合っているということになるということだろう。だがそれは、異性愛における社会的感情とどのように異なるのだろうか。
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「シュレーバー症例(自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察)」(1911)。フロイト著作集9より。
すでに述べたようにパラノイア者を精神分析することは困難である。しかし、パラノイア者は一般的な神経症とは異なる特徴を持つ。「他の神経症患者が秘密として隠しているもの(無意識)を、パラノイア患者はむろん歪曲された形ではあるが漏らすことがある」(フロイト著作集9、p. 283-284)。
1922年の「嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について」では二例の貴重なパラノイア患者についての分析例を用いて論じている。とはいえ1911年のこの論文では、そのような実例がないためか、パラノイア患者ダニエル・パウル・シュレーバーが書いた回想録(1903年出版)を「患者との人間的な直接的接触の代用として」(p. 284)研究資料に用いるということを最初にことわっている。
I 病歴
第1節では、シュレーバーの『回想録』を多く引用しながら彼の症歴をまとめている。
シュレーバーの症状は2回発症している。シュレーバー自身は1回目の発症以前、すでに結婚していた。彼の妻はフレヒジッヒ博士に心から感謝し、「まるで失った夫を再び授けてくれた福の神みたいに敬って」(p. 285)いた。また、1回目と2回目の発症の間、二人は幸せな期間を過ごしたが、子供に恵まれないという悩みだけがあった。
1回目:(ケムニツの州裁判所長の時)帝国議会に立候補したとき(1884年秋)。このときにフレヒジッヒ博士に重症心気症と診断され、1885年末に全快した。
2回目:ドレスデン控訴院の院長に就任したとき(1893年6月に任命の通告、同年10月1日に就任)。
2回目の直前、院長就任の通告と10月1日の就任の間の期間に、シュレーバーは精神病が再発する夢を何度も見た。さらにある朝、睡眠から覚醒しかけのときに、「女になって性交されたらどんなにすばらしいだろう」という考えを抱いた(p. 286)。
1983年10月末に苦しい不眠症を伴って2回目の発症を起こし、あらためてフレヒジッヒ博士の診療場にいく。そこで彼の病状は急速に悪化した。自分が脳軟化にかかっているという心気症的な念慮、追跡妄想、光と騒音に対する知覚過敏、自分が死んでいる、腐りかけているという念慮、等々。それらの念慮は次第に神秘的・宗教的な性格を帯びていった。
迫害・追跡妄想において彼を追いかけ迫害する人物の中にはフレヒジッヒ博士も含まれており、シュレーバーは彼を「霊魂の殺害者」、「チビのフレヒジッヒ」と「特に初めの『チビ』を強調しながら罵った」(p. 287)。
1894年6月、シュレーバーはライプツィヒにほんの少し滞在したのち、ピルナのゾンネンシュタイン精神病院に入る。そこで彼の症状はどんどん変化していく。病院長ヴェーバーの方向によれば、「精神現象全体をそっくり巻き込んでしまった最初の急性の精神病、換言すれば幻覚性妄想状態と名付けられた状態に引き続いて、パラノイアの描像が次第に決定的な形で出現し、現在見られる通りの症状がいわば結晶化したのである」(p. 287)。
とはいえ、シュレーバーはその妄想体系以外の部分では、きわめて明晰かつ秩序だった思考・判断を行い、多方面での博学ぶりを示していたという。「たとえどんな話題が——彼の妄想観念は当然除外されたにしても——交わされたにしても、とにかくそれらは国政、法律、政治、芸術及び文学、社会生活の万般にわたっており、しかも至る所でシュレーバー博士は、非常な興味、徹底した地域、秀れた記憶およひ性格な判断、倫理的な面でも賛成するほかないような正しい理解を表明することができた」(p. 288)。
シュレーバーは1900年ごろから精神病院から退院する計画に着手し、1902年に禁地産の解除に至る。翌1903年に『ある神経病患者の回想録』を出版する。
最終的に出来上がったシュレーバーの妄想体系について、1999年のヴェーバー博士の報告によればこうである。
「患者の妄想体系は、自分が世界を救済し、人類に失われた幸福を、再び取り戻すべき使命を帯びていると信ずる時に絶頂に達する。彼の主張によれば、ちょうど預言者から教えられるように、神から直接与えられる霊感によって自分はこの使命を課せられたのであった。長年にわたって自分がそうであったように、特別に興奮しやすい神経の持ち主は、とりわけ神に働きかける特性を持っているが、ただしその際に問題となるのは、人間の言葉によっては全く表現できないか、あるいはできても非常に難しい事柄である。なぜならば、その事柄は人間の経験の範囲を超えていて、自分にしか啓示され得ないことだからである、というのである。彼の救済事業の最も本質的な点は、何よりもまず、彼自身の女性への転換が行われなければならないという点である。」(p. 288-289)
また、ラカンの言う「寸断された身体」を想起させる記述として、
「彼は発病当初の数年間に、彼の身体の各器官の障害、すなわち他の人間がかかったらきっととっくに死んでしまっていはずの諸々の障害を受け、長い間、胃も、腸も、肺さえほとんどなしに、ただぶつぶつに切れた食道だけで生きてきた、膀胱もなく、肋骨はばらばらで、時には自分の喉頭さえも部分的に食べてしまうようなことがあった、等々。しかし神の奇跡(『光線』)が、破壊された肉体をその度ごとに造り直してくれた。それゆえ彼は、男性である間は不死身である。」(p. 289)
このような寸断体験の後、シュレーバーは自身の女性化へと傾倒していく。「すでに多量の〈女性的神経〉が自分の身体中に移されており、自分は神と直接に結びつくことによって受胎し、その神経から新しい人間が生まれるであろう」(p. 289)。自らの女性化は、神の妻として神と一致することに等しく、そこから「新しい人間」が生まれることで自らの「自然の死」=幸福が達成される、と言うストーリーになっている。
フロイトは精神分析家として分析を開始する。
(a)救済の使命と女性への転換
(b)シュレーバーと「神」との関係
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