2024/12/23

日仏哲学会論文、現在7000字ほど。シノプシスで600字、結論で1000字強くらい使うとすれば、あとは3000-4000字くらい書けばよし。モース人格論、ラカンのテクストにおけるレーナルトの扱われ方、ラカンの主体-自我論とレーナルト人格論との相同性について「抵抗」概念を絡めた比較、などを加筆する予定。くわえて一番手間がかかるのは第1節の先行研究紹介と批判。実際にテクストをいくらか読んでみて、批判に足るファクトを入手しておく。

連日出かける予定が多いので、腰を据えて一気に終わらせてしまいたい。あまり本も読めていない。思想塾論文も年内にもう少し進めたい。雨が全然降らず乾燥して、肌の調子があまり良くない。外出すると乾燥するし、硬い衣類と擦れて荒れる。皮膚科からもらったプロペトと、ワセリンで保護しつつ。

年末年始はフロイトを読みたい。去年は「ナルシシズム入門」を読んで感動したのだった。今年は性欲論三篇とハンス症例。できれば科学的心理学草稿も。あとラカンが仏訳していた「嫉妬、パラノイア、同性愛に見られる若干の神経症的機制についてÜber einige neurotische Mechanismen bei Eifersucht, Paranoia und Homosexualität」(1922)。

『最初のエクリpremiers ecrits』を訳してみて、あらためてパラノイア論が色々と気になってきた。フロイトに出会うまでのラカンにとって大きな影響力を持ったのは、クレランボー、クレペリン、セリュー&カプグラ、そしてヤスパース。博論ではラカンをそのコンテクストから囲っていくような研究をしたいと思っている。人類学については修士で色々調べた。次は言語学方面で、Michel Arrivéの仕事を参照しながらやりたい。人類学、言語学、そしてなんといっても今名前をあげた精神病理学の人たち。大きくこの三分野でフロイト-ラカンという軸を取り巻くような仕事にしてみたいと思っている。

そのうえで、ラカンにとって結局フロイトとはなんだったのかということも考えたい。昨日のラカン協会の大会で登壇した三人の研究者は、おおまかに40年代、50年代、60年代を扱っていたが、どの発表においても「フロイト」が中心に来ることはなかった。もちろん、新進気鋭の若手の人たちが選抜されていたということもあったし、研究としてもそういう周縁的な分野が若手には残されているという研究状況なのかもしれない。だが、やはりラカンはそもそもの出身が分析家ではないし(精神病理学出身)、フロイト以外の要素があまりに大きすぎる。しかし、フロイトへの回帰を唱えフロイト派のアイデンティティを主張し続けた事実がある。ラカンがフロイト派であると自己主張することには、どんな意味があったのか。フロイトに対するラカンの立ち位置というのは、なんとなくだが、法然に対する親鸞とか、柳田に対する折口とか、宣長に対する篤胤のような関係性に共通するものを感じる。懐が広く大味で強かな初代と、それをラディカルに徹底するちょっとアブない二代目。それは「読む」ということの本質に関係していると思う。

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