2024/12/16

修士に入ってからかれこれ2年間、ずっと論文の書き方がわからないでいる。なんかこう、はっきりした型みたいなものが自分の中にまだできていない。最近『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』を読んだので、それをもとに日仏哲学会に応募する論文の構成を考えてみた。苦労したけど、こんな感じで行けるのではないだろうか。わからないが。

本論文の目的は「人類学における人格論が自我-主体の二重性というラカンの発想形成に寄与したこと」を示すことである。

  • 精神分析の社会理論は人類学との対話の中で展開されてきた。フランスにおける精神分析と人類学というテーマは、レヴィ=ストロースの登場によって重要性を持つ。
  • 先行研究のほとんどはラカンとレヴィ=ストロースの関係に着目し、ラカンとレヴィ=ストロースの違いは、象徴的秩序による解決可能性を認めるか否かだという点でおおよそ共通している。
  • しかし、なぜラカンが象徴的秩序による解決を不可能と考えたのかについて、先行研究は十分には明らかにしていない。
  • パラフレーズすれば、「自我-主体の二重性」という発想が、どこから出てきたのか。という問いを、先行研究はあまり重視してこなかった。
  • しかし、この問いは、ラカンのセミネールの出発点が自我と抵抗に関する先行理解の批判にはじまっている理由を解明するためにも、きわめて重要。
  • この問いが放置されていたのは、先行研究が、ラカン理論に寄与した人類学的源泉の中で、レヴィ=ストロース以外のものにあまり目を向けてこなかったから。とくに、モースに端を発する「人格論」は無視されてきたからだと考える。
  • そのことによる弊害(考え中)。
  • したがって、本論文では、モーリス・レーナルトの人格論とそのラカンによる受容を検討することで、「人類学の人格論が自我-主体の二重性というラカンの発想形成に寄与したこと」を示す。

先行研究を土台に、反証可能なアーギュメントをはっきりと立てる。AがBを〜した、という他動詞的な言明を一つ立てる。日仏の雑誌が文字数上限大体15000字行かないくらいなので、1パラグラフ600字くらいでイメージして、14−5パラグラフほど。

後輩と話していて、色々と気づいたこともあった。まず、自分はラカンのテクストやその周辺テクストを読み、また研究書や論文を読んでいるけれども、ラカンを一つの要素とするような思想史・哲学史的な研究はあまり読んでいない。またラカンを受容した後の時代の人々の文献もあまり読んでいない。僕がこれまでにやってきたことは、これらの研究に対する厳密性の再確保、修正のような形で何かを提示することができるのではないか。ラカンはこう解釈され、このように次の思想家に継承されていったが、実はラカンの本当の思想はこうだった、とか。あるいはラカンに対する批判にはこういうものがあるが、実はその批判はラカン自身の言説の中に最初から含まれていた、とか。

また、学振にも書いたことだが、僕のやっていることは前期ラカン解釈の総合的な見直しでもある。一般的にこう理解されているが、もっと厳密に見ればこうなんだ、というもの。哲学の門に出した論文もそういう趣旨だった。つまり僕の中には、教条的な理解に対する不満足、その理解ではラカンが言っていることの含意を十分に引き出せていない、という感情がある。それは単に厳密さが足りないというだけでなく、厳密さが足りないことによって豊かさも失ってしまっている、というもの。

で、その教条的理解というのがどうやって生み出されたのかといえば、我が国であればおそらく、70-90年代くらいのラカン研究の先達によるものであろう。したがって、その頃の人たちはみんな50年代ラカンをよく読んでいた。だから僕が扱う先行研究としては、そういう少し古い時代のものになるのかもしれない。最近の研究は60年代以降ばかり扱っているので、なかなか批判しようにも範囲が重ならないのである。

それから、論文雑誌や検索エンジンについても少し調べた。個別の査読誌については今後論文を読みながら、その出版元を確認することで徐々に増やしていきたい。ラカン研究においてどの雑誌が権威があって、どの雑誌は新興なのか、まだよくわからない。

More Posts

コメントを残す