日仏哲学会の研究発表ではZafiropoulos、Lucchelli、Scublaの研究を紹介しようと思っているのだが、彼らの論文や著作をGPTに読ませて色々考えていたら、修論のアイデアを活かせる気がしてきたかもしれない。
Zafiropoulosは一旦おいておいて、LucchelliとScublaはいずれのレヴィ=ストロースの「神話の公式formule canonique des mythes」とラカンの「シェーマL」を比較して、レヴィ=ストロースとラカンの違いを浮き彫りにしている。その過程では、両定式がほぼ同時期に生成したということの資料的検証も行なっている。Scublaの主張に限定して言えば、レヴィ=ストロースが「象徴的秩序」を親族規則や言語規則などの、社会統制のルールとして考えていたのに対して、ラカンはそれを主体を超えるものとして考えているという違いがあるのだという。これは、Descombesやヤコブセンも言っていたように、レヴィ=ストロースが呪術的なものを取り払って純粋に数理的に処理しようとした(それが上手くいっていたのかは議論の余地がある)のに対し、ラカンは超越的なもの・呪術的なものの導入に躊躇しなかった、という対比と大体同じである。
Lucchelliもまた、1956年の両者のinterventionを参照して、象徴的秩序が様々な問題を解決すると考えたレヴィ=ストロースに対して、ラカンの独自性は、神話が象徴的解決の「不可能性」をこそ意味していると考えた点にあるという違いを主張している。
おおよそこんな感じの議論になっている中で、「抵抗」や「転移」に関して、三者とも語っている。まずZafiropoulosは、患者と分析家が人類学的な意味での「言葉の交換」を行なっていると解釈し、そこにおいて患者の欲望が明るみに出ることが「転移」であると考えた。Zafiropoulosはこの結論を、レヴィ=ストロース『親族の基本構造』の交換論を根拠に引き出している。そして、ラカンにおいては欲望の根本に「欠如」があるために、この言葉の交換プロセス=転移のプロセスは終わりのないプロセスになるのだと言われているらしい。ラカンにとって分析の過程とは象徴的な贈与交換の連鎖だということである。
まだちゃんと確認したわけではないが、Zafiropoulosにおいてはなぜ「抵抗」が存在するのか、そもそもそれは何なのかについて語られていない。それはZafiropoulosが語る「欠如」に由来するものだということが僕の結論なのであるが、Zafiropoulosはそれをラカン独自の概念として言わざるを得ない。なぜなら『親族の基本構造』にそのような議論はないからである。僕の修論では、レーナルトの人格論を参照することで、レーナルトの「空白の場所」と「自我」を、ラカンにおける「主体」と「自我」の二重性の元ネタとして提示した。これならラカンが言葉の交換だけでなく、「主体」としての「欠如」という概念をも人類学から引っ張ってきた可能性を提示することができる。
次に、Lucchelliの「抵抗」論は僕の解釈とほとんど同じである。彼は博論「Le transfert, de Freud à Lacan」で、抵抗が患者の自我の防衛でなく、象徴界の言語的構造に根ざすものとして解釈する。象徴界における「欠如」(つまり「主体」の「無」)が隠蔽されることによって起こる抵抗、あるいはその暴露の不可能性そのものとしての「抵抗」は、自我心理学の言ったように排除されるものではない。それは分析プロセスに本質的に組み込まれている機能であるとする。
Lucchelliの最新の著作「Ce que Lacan doit à Lévi-Strauss」(2022)では、レヴィ=ストロースとの関係を探究しながらも、博論での「抵抗」に関する思索が保たれているようである。レヴィ=ストロースの「神話の公式formule canonique des mythes」をめぐって。Lucchelliは、レヴィ=ストロースにおけるこの構造的変換モデルがラカンの「抵抗」概念と重なり合うと指摘している。ここは詳しく読んでみる必要があるが、多分、神話の変換プロセスに終わりがないということ自体が、ラカンにおける非完結性・完結不可能性という意味での「抵抗」なのだということだろう。この点でLucchelliはレヴィ=ストロースとラカンの間に差異をおいていないのかもしれない。
Lucchelliは「抵抗」を単なる分析の障害としてではなく、「構造の生成的な緊張」として再評価している。ここも僕の考えと同じ。抵抗はむしろ主体の変化を促す重要なプロセスであるとも言われているらしい。
Lucchelliと僕の立場はかなり近い。だがLucchelliはレーナルトの議論を参照してはいない。結局、レヴィ=ストロースにおいても構造変換に終わりがないのはなぜかというと、それは主体が「空白の場所」だからなのではないだろうか。つまり、ラカンがレヴィ=ストロースから受け取ったものというのを考えるだけでは、レヴィ=ストロースからラカンがどうして分岐したのかを説明することができない。それを考えるためにはレーナルトの言語行為論および人格論を参照する必要がある。それに、ラカンは1953-54年の議論で、レーナルトの議論を紹介し、次いでその「厳密化」としてレヴィ=ストロースの議論を引いているということからも、原型的な発想はむしろレーナルトに多くを負っているのではないかとも言える。という感じで、従来のレヴィ=ストロース一辺倒の傾向に対して、レーナルトの影響を考慮に入れることでラカンにおけるシステムの完結の不可能性=「抵抗」を、これも人類学から受け取った概念であると理解することができることを提示できるかもしれない。
ちなみに、Lucchelliの「Ce que Lacan doit à Lévi-Strauss」(2022)の付録にはレヴィ=ストロースの夫人モニク
Monique Lévi-Straussとの対談が掲載されているのだが、そこではモニクが、ラカンがフロイトをドイツ語で読むのをかなり手伝ったことが話されているらしい。モニクの証言によれば、ラカンとレヴィ=ストロースの間には単なる交友関係以上の知的関係があり、その影響関係は一方的なものではなく、相互作用を通じたものだと語られている。

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