早稲田松竹でファスビンダーの『自由の暴力』を観てきた。下高井戸シネマで『エフィ・ブリースト』は観ていたのだが、雰囲気は全然違う作品だった。とても良かった。
—————————-
Écrits « inspirés » : Schizographie, PARU DANS ANNALES MÉDICO-PSYCHOLOGIQUES, 1931 (Paru sous les signatures de J. Lévy-Valensi, P. Migault et J. Lacan.)「霊感」を受けた著述〔〈吹き込まれた〉手記〕:シゾグラフィー、読解の続き。
まずは、A:語形的障害TROUBLES VERBAUX。
音節の省略や前置詞の欠落がある。患者自身がこれに対して(自分の書いたものに対して)妄想的な解釈を後から与えてもいる。同じ聴覚的特徴を持った語が、異なる形で反復される。「la mais l’as」、「l’âme est lasse 」、「la mélasse」など。さらに「患者は意味の違いを根拠に否定Les dénégationsするが、むしろこの否定はこの現象の価値を一層強調する」[PE 75]。
次に、B:名辞的障害TROUBLES NOMINAUX。
マルセルが既存の名辞に加える改変は、「言語学者や文献学者が共通言語の進化において研究する改変過程に近いように思われる。それらは、表される観念の隣接性contiguitéによる変化、および音の隣接性、より正確には語の音楽的な類似性によって起こる」[PE 75]。
次に、C:文法的障害TROUBLES GRAMMATIQUES。
シンタクス構造はほぼ正常である。
そして、D:意味論的障害TROUBLES SÉMANTIQUES。
全体の意味は荒唐無稽に見えるが、これは「実際には、擬似的不整合性」[PE 78]なのだと言われる。「両義性ambivalence」という特徴を持っていて、ある内容をその反対の意味の語で表現している。また、「圧縮condensationやイメージの凝集」、「イメージの移動déplacementや投影projection」も見られるという。「圧縮」や「移動」はフロイトの『夢解釈』に出てくる用語であり、ラカンがその後、言語学における隠喩と換喩に重ね合わせていく概念である。この頃にはすでに『夢解釈』を読んでいてもおかしくない。また、マルセルの文体はシュルレアリスムの技法とも比較されており、ブルトンの『シュルレアリスム宣言』や『処女懐胎』が参照されている。
その後は、手記の文章における「リズム」の重要性が強調されていて、ラカンはその詩的価値を評価している。
最後は、情熱的に高揚した状態(ステニーsthénie passionnelle)が、マルセルにこのような文章を書かせたのだと結論されている。ただ、いまいち何か新しいことを言っているのかどうかはよくわからない。
この論文はパラノイア性精神病患者の手記を、一文一語一文字のレベルで細かく観察し、分類し、分析している。ここにおいて、すでに「言語」への関心、あるいはテクストの象徴的解釈への関心が表れていると言って良いかもしれない。もともとはクレペリンやセリュー&カプグラ、クレランボーらの精神病研究を整理していたのが、だんだんと精神分析の枠組みが導入され、さらにテクスト分析という手法も入ってきた。
次はLe problème du style et la conception psychiatrique des formes paranoïaques de l’expérience, PARU EN 1933 DANS LE PREMIER NUMÉRO DE LA REVUE LE MINOTAUREスタイルの問題と経験の妄想的形態に関する精神医学的概念。ここではパラノイア精神病の言語様式が、芸術になにか新しいものをもたらすはずだというようなことが書いてあると思う。博論後の論文なので、象徴、社会、自罰などの枠組みが表れてくる。
コメントを残す