2024/11/28

倫理学研究室の読書会は、現在、カッシーラーの『国家と神話』を読んでいる。もう少しで上下巻を読み終わる。今自分で主催している読書会としてはソシュールの『一般言語学講義』、レヴィ=ストロース『親族の基本構造』がある。今のところ、ソシュールが終わったらヤコブソンを考えている。レヴィ=ストロースが終わったら、人類学はとりあえずもういいかなという感じ。次にやりたいと思っているのは時枝誠記『国語学史』。日本の言語思想に踏み込んでみたい。ほんの趣味程度だが、『国語学原論』は読んでいる。国学の系譜があり、時枝をハブにしながら三浦つとむや吉本隆明がいる。傍流としては音義派というか、かな五十音みたいなところに執心したややスピチリュアル寄りの言語思想もある。

それ以外にも日本には、仏教系の言語思想がある。まず挙げられるのは空海、そして道元。中島隆博を入り口にして中国思想の王弼も見ることができる。また井筒を入り口にしてイスラームの言語思想を見ることができる。井筒の初期英語論文で論じられている言語と呪術については、のちに見たい。東洋だとだいたいこの辺りか。

西洋は、20世紀の言語学・哲学系の言語思想だけでなく、19世紀以前の言語哲学もある。プラトンにはじまり、アウグスティヌス、クインティリアヌス、トマス・アクィナス、ロック、ルソー、ヘルダー、フンボルト、ヘルダーリン、ヘーゲル、などだろうか。20世紀というのは言語の思想について豊かな時代。言語学方面ならソシュール、ヤコブソン、バンヴェニスト、イェルムスレウ、あと色々。それに影響を受けたバルトやデリダ、ドゥルーズ。それ以外にも現象学系列でフッサール、ハイデガー、メルロ=ポンティ。

まだ、英米の分析哲学系列も言語に関する思索がたくさんある。フレーゲ、ラッセル、ヴィトゲンシュタイン。プラグマティズムではなんといってもパース。

自分の人生で通覧できるんだろうか、全体を見通した上で何かを思うということができるんだろうか。そのとき自分は何を思うんだろう。頭の中で色々と夢を膨らす分には、このようになる。

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昼、新宿で友人とお茶して、御苑を散歩した。久々に入ったが、いい場所だった。メタセコイヤの紅葉が、赤と緑で綺麗だった。帰り駅に向かう途中で、新宿の酉の市がやっていたので、酉の市なんて行くのははじめてだったが、二人で入ってみた。久しく忘れていた縁日の雰囲気、お祭りの雰囲気。どぎつい熊手がたくさん売り出されており、それを照らす照明の光度もものすごかった。新宿の街並みから神社への細い道を、混雑の中ゆっくりと進んでいくと、全く別の時空間が広がっているように感じられた。見世物小屋があって、入ってみると、トタンと木材とボロ布とで仮設営されたかのような小屋の中に人がぎゅうぎゅうに詰まって、何かの劇団やサーカス団なのか、寄せ集めの人員なのかわからないが、妙な芸を持った人たちが次々に出てきては披露していた。

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