2024/11/22

原文チェックを半分手前くらいまで進めた。とりあえず本文を書き進めていたときは日本語訳をガシガシ使っていたので、あらためて原典の英語なりフランス語なりを確認しつつ、訳文を修正する(それとともにリファレンスも原典のページ数に直す)。マリノフスキー章の終わりの方はまだ尻切れトンボなので、ちゃんとまとめになるようなことを書く。『ド・カモ』の仏語原典は軽く調べた感じではネット上にないので、大学に行ったときに借りておく。

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夕方に渋谷に行って、イメージフォーラムでベット・ゴードンの映画『ヴァラエティVariety』を観る。終わったら古着屋さんに寄って、そのままSEIYUで買い物して帰宅。今日はご飯がちょっとしか残ってないのと、帰りがやや遅いので手軽な焼きそば。

ここ数日で作曲欲が高まっており、色々録音したり新しい曲のネタを生産したりしている。今年に入ってから詩を書くようになり、歌詞が書けるようになったので、歌のついた曲を積極的に作れるようになった。もともと高校でバンドを始めたときにギターボーカルだったのだが、歌が下手だったのと歌詞やメロディを考えるのが苦手だったので(致命的すぎる)、大学の後半にはバンドでやるのをやめて、一人でラップトップで電子音楽的なものを作るようになっていた。

今はギターが前よりも身近な存在になり(アコギやクラギを買って弾くようになったし、部屋の中にドンと置いてあるので触れる機会が多くなった)、これまでに色々と気に入った曲を気分でコピーしたりしていたので、ギターの演奏力やコードのヴァラエティも前より上がっている。奇を衒わない、陳腐になることを恐れない、出てきちゃったものをしょうがないと思う、新しいものを作ろうとしない。それで作るのが楽しくなる。楽になる。前よりもそういうふうに意識を持つことができるようになった。以前は70年代までは遡って色々聴けていたが、今では50-60年代の古典的な音楽の良さも味わえるようになった。

アコギはオープンGなのであまり使っていなくて(Faheyの曲を弾くためのもの)、クラギをスタンダード・チューニングでよく使っている。ナイロン弦なので比較的音量が小さくて、部屋でも弾ける。指にも優しい。コードを色々弾いて、良さそうなものがあったらiphoneのボイスメモにどんどん録音。展開を考えたり、複数のアイデアを組み合わせたりしてみる。いい感じにできたら、メロディを考える。メロディ作りは得意じゃないが、なんというか、しっくりくる旋律というものがある。しっくりくるというのはどこかで聴いたことあるような…ということでもあるのだが、それは気にしない。いいよ別に。本業じゃないし。徐々にできてきたら、メロディをふんふん歌いながら弾いた録音を繰り返し再生しながら、合いそうな歌詞を考える。歌詞が先かメロディが先か、コード進行が先かは色々やり方があるだろう。メロディを何度か繰り返しながら、そこに耳をすませるようにして、自分の心の中の言葉がごちゃごちゃとしているところから、何が浮かび上がってくるのかをみるような感覚。

詩を書く時とは違う感じがする。詩を書くのはメロディに合わせてではなくて、もっと言い回しそのものや、イメージの方に重きがある。ただ、メロディが言葉を喚起するように、詩作においても、イメージや情景や、感情が言葉を喚起するというのは同じとも言える。

修論の締め切りがあと2週間ほど。大体こういう時期、試験の時もそうだが、こういう時期になると心が自然と逃避して、別のことがやりたくなったりする。曲作りもその一環だろう。でも、いつもそういう逃避先の活動によっていろんなことができるようになってきたとも言える。

最近になってようやく、心がまた夏ごろのような調子を取り戻しつつある。まだ完全じゃないし、何かで乱れるかもしれないけど、着実に。じっくりと落ち着いていて、街を歩く時もそわそわせず、むしろ街並みを晴れやかに楽しめて、人の営みを笑顔で眺められる。録音を何度も聴きかえす。ものすごくナルシシズムが満たされる。夜は光が綺麗で、星が綺麗で、布団に入ったら寝られるのが嬉しくて足をバタバタさせる。

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