レヴィ=ストロース章加筆。「双分組織は実在するか」(1956)について。
「双分組織は実在するか」
「浮遊するシニフィアン」のまた別の現れ方を確認しておこう。「双分組織は実在するか」(初出1956)では、アメリカとインドネシアにおける幾つかの事例をもとに、「双分組織」として報告されている構造が詳細に分析される。「双分組織」とは部族の集落や構成員が二つの部分に分けられ、その二つの部分の間に種々の外婚的関係や階層関係が存在することの包括的概念である。
村落の構造への半族区分の影響を吟味するとき、ラディンは、彼に情報を与えてくれた老人たちのあいだに奇妙な不一致があることに気づいた。彼らの大多数は円形の村落を描いて、二つの半族は北西から南東に走る理論上の直径によって区分されているとした(図6)。ところが何人かの者はこの村落分布図に烈しく反対し、別の図を描いてみせた。その図では半族の首長の小舎が中心にあって周辺部にはないのであった(図7)。ラディンによると、どうやら最初の配置図はつねに高い方の半族の情報提供者によって描かれ、二番目のものは低い方の半族の情報提供者によって描かれるものであるらしい。(p. 150)
「双分」的構造には二つの意味があり、それぞれは「直径的構造」、「同心円的構造」と呼ぶ。「われわれにとって重要な点は、この双分制そのものが二重のものだというところにある」(p. 155)。直径的構造はシンプルに全体を二分する構造で、それぞれの半族の間にある義務や権利には相互性・対称性が認められる。これに対して同心円的構造によって二分される二つの半族の間には不平等・非均斉で階層的な関係がある。だが、それだけではない。双分組織には第三の契機として、これを「三元的構造」として解釈する余地がある。例えばボロロ族の八つの氏族は三つのクラス(上・中・下)に分けられているし(p. 159)、またウィンネバゴ族における「高いもの」と「低いもの」という一見明白な二元的対立は、実際には三つの極を持つ三元的対立を持っている。つまり、「高いものは一つの極——天——によって示されうるが、低いものは地と水の二つの極を要求するからである」(p. 169)。
レヴィ=ストロースは双分組織が含有する「直径的構造」、「同心円的構造」、「三元的構造」を前にして、「同心円的構造」が「直径的構造」と「三元的構造」の媒介となっていると分析する。
そのときわれわれは問題の別の側面に接近することができる。それは直径的と同心円的という双分制の共存に関するものである。その答えはたちまち出される。すなわち、同心円的双分制というのは直径的双分制と三分制の媒介をするものであり、一形態から他形態への移行がおこなわれるのはその仲介によるということである。(p. 167)
すなわち、本当は三分的構造を持っている組織が、「同族的な二項として扱う論理的なごまかしによって、二元的なものに偽装される」(p. 169)のを可能にするための構造として、同心円的構造が存在するということである。
レヴィ=ストロースが「浮遊するシニフィアン」と同等の契機を見出すのはその後である。双分制と三分制との融合体である「双分組織」のうちボロロ族の社会構造図がある。三つのクラス(上・中・下)のグループが小円によって示され、それぞれに伸びる三分線は、これらのグループの間の結婚不可能性(すなわち、ボロロ族ではそれぞれのグループ内で内婚が行われている)を表現している。したがってこの構造図において三つのグループを統合する機能を果たすのは、それぞれの小円を貫通するようにして描かれる大きい円である。この大きい円の機能はなんであろうか。
レヴィ=ストロースによれば、この大きい円は、ボロロ族の村落を区切る「南北の線」に対応している。
この南北の線はすべてのボロロ族の村落において、擬似外婚的な半族の線〔すなわち東西の線。だがあくまでも擬似外婚的であって、その実質は内婚である〕と垂直に、氏族を高、低、あるいは上流、下流と呼ばれる二つのグループに切る線である。この第二の分割の役割ははっきりしないと私はしばしば述べてきた。たしかにそうなのである。なぜなら、もしここでの分析が精確であるならば、南北の線はボロロ族の社会を存在せしめること以外のいかなる機能も持たないという——一見驚くべき——結論が導き出されるであろうからである。(p. 174)
レヴィ=ストロースによれば、この南北の線は「それ自身は意味を持たないが、それがあることによって社会体系全体の存在を可能ならしめるもの」(p. 175)である。そして、「この仮説はたしかに実地に検証されねばならぬものであろう。けれども、研究を進めることによって、ゼロ・タイプとでも呼びうるような制度的形態に当面するに至ったのは、これがはじめてのことではない」として、「マルセル・モース著作集への序文」が参照指示されている(p. 174)。
ラカンがレヴィ=ストロースの「双分組織は実在するか」を参照指示するのは、同年1956年に刊行された『La Psychanalyse』第2巻に掲載された「<盗まれた手紙>についてのセミネール」においてである[1]。そこでは次のように言われている。
いま、ひとつの記号が現れるたびにきまる三個一組になったいくつかの記号のグループの性質を、以上のような連続の通時態のうちに象徴的に表現して、それらを例えば次のように共時的に定義する。すなわち、変化しない対称(+++, −−−)を(1)の記号で示し、交互の対称(+−+, −+−)を(3)の記号で示し、また反対記号の先行、後続には関係のない二個の同一記号のグループという形で、奇数によって示される非対称(+−−, −++, ++−, −−+)に(2)の記号を与える。すると、これ他の記号によって生み出される新しい系列のなかに、次の網状図が要約するような連続の可能と不可能とが現れてくる。また、この網状図は、三つの組をふくらませた同心の相称系を表している——言い換えると、ここに表れてくるのは象徴的な組織の二元論にみられる根本的なあるいは目立った特徴に関して、人類学者たちによってつねに繰り返されている問題に関係を持っているはずの構造そのものであって、この点に注意を向けたいと思う。[E 47]
最後に言われている「人類学者たちによってつねに繰り返されている問題に関係を持っているはずの構造」が「双分組織」のことである。ラカンは+と−の(一回一回は)偶然的な配列が作る非偶然的な構造を、「三つの組をふくらませた同心の相称系を表している」と解釈し、人類学における双分組織「そのもの」とまで見做している。
[1] 「<盗まれた手紙>についてのセミネール」は1955年4月26日に口述発表を記録したものであるが(E 44)、1956年の『La Psychanalyse』第2巻掲載時に「序INTRODUCTION」が新たに付されている(『La Psychanalyse 2』, pp. 1-14)。この時点で、『Bijdragen tot de Taal-, Land- en Volkenkunde』誌に掲載された「双分組織は実在するか?」へ言及されている。『エクリ』(1966)版では「序INTRODUCTION」が記録本文の後ろに置かれ、また「双分組織は実在するか?」が1958年の『構造人類学』に収録されている旨が追記された。
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