2024/10/13

早朝に目が覚める。昨日ずっと眠くて、目覚ましを鳴らさないで眠りに入ったのだが、起きてしまった。目の感じから、睡眠が足りないことがわかる。予定は特にないので何時に起きようと特段問題はないというのが助かる。再び頭の中でぐるぐるし始める。今はもう知っている現象。

昨晩読んだ東畑開人さんの『雨の日の心理学』に、ケアとセラピーの区別と塩梅の大切さが書かれていた。ケアというのはニーズを満たすこと。セラピーは痛みに向き合うこと。ある日学校に行きたくなくなった子供がいたとして、「じゃあ今日はお休みしようか」といってあげたり、せめて車で送ってあげたりするのがケア。それに対して、ずっと休み続けているわけにもいかないということで、あるタイミングで、何が問題で学校に行きたくないのかに向き合って動いてみるのがセラピー。ケアとセラピーはちょうどいい塩梅で配合する必要があるのだが、基本原則はケアが先、セラピーは後である。だがしばしばケアが疎かになっていきなりセラピー的に問題に向き合わせようとしたり、ケアとはそっとしておくことだと思って放置したりすることがある。東畑さんがいうには、ケアは雪だるまが溶けるのを阻止するために氷を持っていき続けることであり、放っておいたら溶けてしまうのであるという。

今は自分をケアする必要がある(セルフケア)。他の人にも手を貸してもらいたいところだが、誰に?わがままなことだと自分でも思うが、誰でもいいわけではないのだ(そうなのか?)。あるいはどうやってそれを伝える?

風邪を引いていたらそれを周囲に伝えられる。特に聞かれなくてもこちらから連絡を取るし、心配して欲しい感を明示することすらそこまで抵抗はない。恥ずかしさはないし、伝えることによるデメリットもない。用事を休まなくてはならず、それで他人に知られることもある。それで動いてくれる人も中にはいる。万事OK。しかし、落ち込んでいる時はどうか。まず「落ち込んでいる」とは何なのか。落ち込むことは誰だってある。もっと症状の重い、病気ないし体質としての「鬱」なのか。そこまで言えるのか。「鬱」ということで周りから聞く話では、もっともっと何日もお風呂に入れなくてボロボロになるくらい辛いらしい。僕はそこまでではない。それでも、体を動かすのが億劫にはなり、無理をしていると絶望感で号泣するくらいには落ち込んでいる。でも、泣くことなんて誰でもある。

なんというかこの微妙な落ち具合で、人に助けを求めるのが憚られる。しかし自分だけで乗り越えるのはなかなか大変である。さらに僕は、鬱(便宜のため「鬱」と呼称しよう)であることを人に伝えることによる影響を恐れる。メンヘラだと思われたら余計人が離れていくのではないか。そうなったら本末転倒である。どうすればいいのか。まずこの状態が何なのか分からず、それをどう伝えるのかが分からず、伝えていいのか(伝えることにメリットがあるのか)が分からない。

ただ、これも繰り返してきたことである。第三の「伝えていいのかが分からない」は、多分いいんだろうと思う。それで離れていく人がいたら、それは諦めるしかない。伝えたい人というのはその時々でいるのだが、おそらく、伝えたい気持ちだけ持ちながら伝えずにいると、ただ連絡頻度だけが上がってメンヘラ化したと思われるだけ(鬱陶しさだけが大きくなる)という最悪の影響しか及ぼさない気がするので、そういう意味で伝えることによる中和を図った方がいいのかもしれない。また、そこまで自分から伝えたいと思わない人にも、伝えた方がいいのかもしれない。雑な対応しかできなくなった時に(ある意味で「仕方ない」として)安心してもらえるかもしれないし、とにかく悪い影響を抑えられそうな気がする。

要するに、これは僕が、自分が鬱であるという事実を受け入れられるか否か、鬱の自分としての人生を受け入れられるか否かである。疾患としての鬱ではないにしても、ともかくも他人の助けを必要とする状態に時々陥るということを、自分の一つの特徴として照らし出して、それとともに生きていくのか、という問題である。今まではそれを受け入れなかった。受け入れない方が結果的に人が離れることを回避できると思ったからだ。では、受け入れるか?まだあまりはっきりとは決まらない。今までの自分のやり方は修正が必要だと思うが、寄り添ってくれた人がいなかったわけではない。ありがたいことはその時々であった。今舵を切ったらどうなるか分からない。そういう怖さはある。

とりあえず、エネルギー備給の偏りを修正する。依存しそうな人には連絡しないようにする。そうでない人には逆にちゃんと連絡することを心がける。この人なら大丈夫そうだなと思う人には鬱状態であることを伝える。

————-

卵焼きフライパンを買ったので、お昼に使ってみた。まだ下手だが、それなりに形のまともなものが作れた。溶き卵にネギ、鰹出汁、砂糖、醤油。しかしいざまな板に上げて包丁で切ろうとしたら形が崩れてしまった。切れ味のいい包丁が必要。砥石を買わなければ。

———-

ゴロゴロしていて、床に置いてあった岩波文庫の『高村光太郎詩集』を開いたら、「秋の祈」という詩がたまたま開かれた(p. 87-8)。ちょうど秋だと思って読んだら、思い出した。この詩こそ高村光太郎を初めて知った時のものだ。北大の4年生の後期、丁度秋頃に、アリストテレス研究者の千葉惠先生の授業を白河講堂で受けていた時に、ある日先生が授業の始まりにこれを朗読したのだった。千葉先生は本当に独特な人だった。ご両親が塚本虎二の弟子であるキリスト教無教会系の信者で、ご自身は関根正雄に教わっていたという。聖書と信仰によって磨かれた言葉遣いで、いつも優しかった。僕は千葉先生が退官される最後のセメスターに講義を受け、薫陶も受け、哲学を学ぶ決心を固める最大のきっかけとなった。退官後は、先生は登戸学寮の寮長さんをやっている。ずっと理論をやってきたから退官したら実践に出る、と、すでに授業の中でも繰り返し話されていた。理論と実践というのを、アリストテレスのロゴスとエルゴンというのに結びつけていつも語っていた。最後の年に、先生の研究人生の集大成となる『信の哲学』が出版されている

『秋の祈』
秋は喨喨と空に鳴り
空は水色、鳥が飛び
魂いななき
清浄の水こころに流れ
こころ眼をあけ
童子となる

多端紛雑の過去は眼の前に横はり
血脈をわれに送る
秋の日を浴びてわれは静かにありとある此を見る
地中の営みをみづから祝福し
わが一生の道程を胸せまって思ひながめ
奮然としている
いのる言葉を知らず
涙いでて
光にうたれ
木の葉の散りしくを見
獣の嘻嘻として奔るを見
飛ぶ雲と風に吹かれる庭前の草とを見
かくの如き因果歴歴の律を見て
こころは強い恩愛を感じ
又止みがたい責を思ひ
堪へがたく
よろこびとさびしさとおそろしさとに跪く
いのる言葉を知らず
ただわれは空を仰いでいのる
空は水色
秋は喨喨と空に鳴る

————–

東畑さんの『雨の日の心理学』はなぜか今の精神状態でも読めた。面白い。「ケア」というのは何だかリベラル倫理的なものとの結びつきが強い印象があって胡散臭く感じていたのだが、かなり見方が変わった。少なくとも東畑さんのいう「ケア」は人類学的な呪術治療と重なる概念であり、むしろ保守的なものだと言っても良いだろう。

東畑さんはこの本でビオンやウィニコットなどメラニー・クライン派の精神分析化の理論を用いている。クラインの概念に「PS(パラノイド・スキゾイド)」と「D(ディプレッシヴ)」というのがある。PSは白か黒、敵か味方といった極端な妄想的解釈が優位になってしまう状態で、対してDは「Depressive」とは言いつつも、むしろグレーゾーン的、グラデーション的に物事を捉えられる<大人>な状態である。今の自分は確実にPSの状態にあることが確認できる。自分が鬱状態であることを連絡してみたが、いまだに反応がない人に対し、やっぱり敵意ともガッカリともとれる感情が湧いてくる。要するに、自分に都合のいいものは味方、都合の悪いものは敵、という解釈が妄想的に生み出されている。だが、現実はただ忙しかっただけとか、その人自身も落ち込んでいたとか、どう対応するか考えるのに時間がかかっていたとか、そういうことだったりもする。ネガティヴな考えへ収斂してしまう、だがそのメカニズム自体は知的に了解されている。だから自分で自分にカウンセリングするようにして、行動の面で失敗しないようにしよう。別に敵意が湧いてきたり、ありもしない妄想を繰り広げてもいいが、それを相手にぶつけないこと。そこさえ守ればOK。

夕方、丹田のトレーニングをして、散歩と夕飯の買い物がてらジュンク堂に行って東畑さんの別の著書である『野の医者は笑う』を買った。『雨の日の心理学』でも少しだけ、東畑さんが昔沖縄のシャーマンに弟子入りしたことが言われているのだが、『野の医者は笑う』はまさにそのエピソードを綴ったものらしい。東畑さんはジェイムス・デイビス『心理療法家の人類学』(精神分析共同体を人類学的に調査したもの)の監訳を行っていることもあり、精神分析と人類学に精通している人である。ゆえに僕とも考えていることが近いと思う。レヴィ=ストロースの「呪術師とその呪術」(『構造人類学』)に、ケサリードという人物のエピソードが紹介されている。彼はもともと呪術やシャーマンなるものを嘘っぱちだと思っており、そのことを実際に暴くためにシャーマンに弟子入りしたのだが、なんやかんやあって最終的に自らが大呪術師になってしまったという面白い経歴を持つ。東畑さんは日本のケサリードのような存在である。

以前、小寺精神分析財団の記念シンポジウムが明治会館で開かれた時、僕はそれに参加して、東畑さんが登壇しているのを見た。その時から立ち居振る舞いや雰囲気を含めていい感じの人だなと思っていた。たまたまその時隣に座っていた年配の人が話しかけてくれて、帰りにカフェでお話をしたのだが、その方は東畑さんの一般向け講義のようなものに前から参加しているというような人で、その方からも『野の医者』はおすすめされていたのである。

夕方ごろまでそこそこ調子が良かったのだが、夜になって暗くなるとまた絶望感が上がってきた。明日になってみて、またどうなるか。

More Posts

コメントを残す