2024/9/27

7時25分の成田行きフライトだったので、札幌駅の5時50分の始発に乗り遅れると確実に飛行機を逃す。日付が変わる頃に大通りで友人と解散して、駅前の快活クラブに入った。

ネカフェに泊まるというのは20代前半の頃はよくやっていたが、久しぶりにやるとなかなかに疲れる。しかも始発を逃すのが怖くて無理やり起き続けていたので、身も心もドロドロになった。ドロドロの状態で長い道のりを帰らなくてはならないのは辛いことである。せめてできることとして、歯を磨いて、汗拭きシートで体と足を拭いておいたことがかなり功を奏したように思う。ネカフェは心が荒む。しかし、僕よりもずっと年上の人たちがネカフェ難民であるという事実もある。彼らの心はどうなっているのか。なにか防護膜のような心の構造を形成しているのだろうか。

高校生の頃、北大のオープンキャンパスを見に、バスとフェリーと鉄道を使って(つまり飛行機に乗らないで)札幌まで行ったことがある。道中もなかなか面白かったのだが、いざ札幌に着いて一泊しなくてはならなかった時、ホテルをとっていなかったのでどうしようということになった。調べてもどこのホテルも満室である。すすきのの方にキャリーケースを引いて歩いて行って、どうしようかと思っていると、自分の手を、何か別の温かい手に掴まれた。驚いて振り返るとホームレス(男だったか女だったか、中性的な顔だったように記憶している)が無言で、何か訴えかけるような目で見ながら僕の手を掴んでいた。
ゲオのネットカフェの前を通ったときに閃いて、ネカフェに泊まればいいじゃないかと思って入った。受付で手続きをしようとすると、23時以降は18歳以下は利用できないと言われた。そこでもう一押し、なんとか今晩だけでも見逃してくれないかと交渉してみた。キャリーケースも持っていたので、僕が遠くから来た宿なしの未成年の旅行者であることは明らかだった。店員は少し考えて、ウチは無理だが少し行ったところのネットカフェは身分確認なしで利用できるよ、と教えてくれた。そこに行ってみると、店員の言った通り、何も言われずに入店できた。そこで一晩を過ごした。

2024年に戻る。今日は帰宅してシャワーを浴びた後、夕方17時過ぎくらいまで寝ていた。起きてスマホを見ると、春に申請した学振の結果が開示されたというメールが届いていた。ここ数日が忙しかったのは良かったのかもしれない。もともと、てっきり学振の結果は来年になって初めてわかるものと思っていた。それが数日前にTwitterを見ていると、まもなく開示されるというツイートを見かけて、嫌な動悸がした。それは知りたくなかった。結果的に、受かったかどうかの心配に悶々とする時間をそこまで過ごさずに済んだ。

学振には採用されていた。いま修士2年なので、DC1で、博士課程の3年間研究費が出る。僕が申請した区分(「書面審査セット」)の申請者数は45人で、採用内定者6人、二次採用内定候補者1人、不採用者38人であった。採用率約13%であった。安心したが、業績の少ない自分が採用される確率は低いと思っていたので、自分が勝ち取ったというよりも、もう少しで車に轢かれていた時のような、つまり間一髪不採用を免れたような、恐怖と裏表の安心があった。もちろん研究は頑張っているし申請書作成も全力を尽くした。だが、いろんな偶然があって自分にいい風が吹いたのだろう。お金の問題は心にとってはどうしても深刻である。なかなか胆力でどうにかできるものでもない。それと同時に、研究者にとってもはやアイデンティティとなっている自分の研究が、不採用という形でなんらかの「否」を突きつけられる事態は、まだ修士課程の20代前半から半ばの若者たちにとっては受け止めるのが難しい。大きな傷にもなる。今日は院生たちにとっては、喜びよりも悲しみの総量の方がはるかに大きい。

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