2024/9/15

朝から喉が痛く、一日中寝ていた。すった生姜にお湯を入れたものを飲むと殺菌作用があっていくらか楽になったので、好んで飲んでいた。飲んだ時に喉の部分がチリチリ染みると、効いている感じがして好きだ。

あとは、ニンニクと生姜を入れた鶏肉の水炊きで栄養と体温を底上げしていく。最近、高名な睡眠学者の動画を見たのが頭にこびりついており、睡眠というのはしっかりと条件が整った状態でないとあまり意味がないということを変に意識していた。例えば、目を瞑っただけで急速になる、とか、電車の中でうとうと眠るとかいったことは、ほとんど睡眠とは言えないらしい。この手の科学者の言葉がいろいろなものを切り捨てたものであることはわかっているが、それでも気になってしまう体質である。だが、実際に昼頃ごろごろしながら寝て夕方ごろに起きたら、かなり痛みがおさまっていた。

ちょうど昼寝から覚めた頃に母から連絡があり、吉祥寺で二人でご飯食べた。帰りにアトレの市場で食材と果物を買ってもらった。本当は昼頃に築地に行って海鮮を食べる予定だったのだが、体調が悪かったのでキャンセルしていたのだ。

今日は、Amazonで注文していた『犬塚堯全詩集』と、十字架の聖ヨハネ『暗夜』が届いた。犬塚堯は半年ほど前から現代詩文庫を愛読しており、この『全詩集』を見てみたかったのだが、東大の図書館になかった。この機会に思い切って買ってみた。帯のついた段ボールの箱の中に、さらに外函に入った本がある。二重の箱である。外函には水墨画のようなものが印刷されていて、中国で幼少期を生まれ育った犬塚の基本イメージが押さえられているなと思った。本は650ページほどあってずっしりしており、ブラウンの織物装丁に金で印字してある。背表紙は黒地にこちらも金で印字してある。素晴らしい装丁で心が躍った。

十字架の聖ヨハネは、ラカンが言及していたキリスト教神秘家の一人。ラカンは1954年にミルチャ・エリアーデと「象徴およびその宗教的機能についてDu symbole, et de sa fonction religieuse」という討論を行なっており、そこでも十字架の聖ヨハネの『暗夜』が中心的に扱われている。『暗夜』は『カルメル山登攀』の続編として読むことのできるものであるが、この『暗夜』もまた図書館に入っていなかった。以前から思っているが、東大の図書館は本当に使いにくい。蔵書は複数のキャンパスに散在して、駒場にあるが本郷にない、ということが多発する。無駄に広いわりに返本台がなく、大量に資料を参照なければならないときでも自分で棚に戻さなければならない。資料の多くは書庫に保存されており、出庫の申請や、書庫に入る面倒な手続きを踏まなければならない。日本一の蔵書数が全く活かされていない。

少しずつ秋からの講義も気になり始めている。東大の宗教学研究室に渡辺優という神秘主義の研究者がいて、秋学期は十字架の聖ヨハネも含めて近現代の神秘主義を扱う授業をやるそうなので、これは一度のぞいてみたい。ただ、DELF B2の試験も修論の提出もあるので、なるべく抑える。通学で無駄に体力を消耗することは避ける。

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