2024/8/31

しばらく前から、少しずつであるが時枝誠記の『国語学言論』を読んでいる。東大の倫理学研究室はもともと和辻哲郎が先生をやっていたということから、西洋哲学と日本思想の両領域の先生が常におり、どちらも学ぶことができるというのが特色である。僕自身は飽きやすく興味関心が広いので、以前から自分の専門である西洋哲学に加えて、道元や法然のゼミに参加していたり、今では柳田のゼミに出たりもしている。

「言語」という主題を研究課題にして正解だったと思う。それ以前にはコミュニケーションとか、解釈学とか、感情とか、色々と迷走していた。とにかく広がりがすごいのだ。あらゆる他領域のトピックを、「言語」の問題として捉えることが可能なので、「言語」と一言で言っても多様な問題設定が可能である。その意味では、僕がやっている言語研究は、なにか面白い日常語なり言語現象なりを集めてそれをコレクション的に眺めるというような、そういう言語学ではない。言語というゲームの中でその仕組みや事象を研究するというよりは(そういう部分もあるけれども)、むしろ言語そのものの成立を問う、という水準である。

西洋の言語思想については、いまはラカンを軸にやっていて、そこから精神分析、哲学、言語学、人類学と色々な言語に関する思索に手を伸ばすことができる。まだあまり手をつけていない領域としては19世紀以前の言語哲学、フンボルトとか、ヘルダーとか、あるいは言語起源論。それから英米圏の分析哲学がある。だが、ふと日本思想の中で言語(あるいは「言葉」)がどう考えられてきたのか、とも思う。そういう視点から、本居宣長の言語論を少し見たこともあった。だが、いかんせんあまり馴染みがないし、古文や和歌に対する偏愛のようなものは自分の中にないので、入口とするのには抵抗があった。

時枝の国語学は、ソシュールの言語学と対決している。西洋的な言語の「観察的立場」に対して、言語は言葉を発する主体の概念作用を抜きにしては扱い得ないという「主体的立場」を主張する。時枝の論には首を傾げたくなる部分と、なるほど確かにと思う部分と両方がある。そもそも西洋の観察的立場というのは、ある意味で主体的立場を克服することで生まれた立場でもある。つまり、自分が言葉を話している、言葉は道具であり自分が言葉の支配者である、という素朴な言語観をひっくり返すことによって、言葉そのものの自律的な運動法則を見出そうという潮流が、20世紀前後に生まれてきたのだ。そういう前提から見ると、時枝の言っていることは素朴言語観へ回帰してしまっているように見える。フーコーの『言葉と物』で言えば、人間主体を欠如=無として見ようとする現代の構造主義的転回に対して、近代的パラダイムへと逆戻りさせようとしているように見える。

だが、言葉は主体が発したものであり、そこに働いている主体の作用を考慮しなければならない、という時枝の主張は首肯できるところもある。「犬は哺乳動物だ」という時の「犬」と「ここに犬がやってきた」の「犬」は、観察的立場においては区別される「犬」であるが、主体的作用においては区別されない一個の「犬」である。なるほど、そう言われれば区別していないかもしれない。時枝はそういう、言葉を話している時の我々の感覚・心理に訴える。あるいは時枝は、言葉を話す「主体」と、文の中に現れる「主語」を区別して、主体と主語は一致しないのであるからやはり主体は言葉の素材とは区別されるのだともいう。これはラカンや当時の西洋言語学においては、言表内容の主体と言表行為の主体の差異に相当する。

西洋の言語学が、言語という一つのゲームのルールや法則を研究しているのに対して、時枝は言語の規則を研究するというよりは、言葉を話すときの心理を重視している。もちろん、日本文法の研究家でもあるのだが。そこでは主観的心理と、文法という客観的規則の融合のようなものが起こっているように思われる。

フロイト=ラカンの立場から言わせれば、言い間違いとか、ふとした時の思いつきとか、そういう言語使用はどうなるのか、と問いたい。主体的作用というよりもむしろ、到来するものとしての言語使用である。自分がなぜどういう心理でその言葉を発したのか、自分でもいまいち掴めないような時の言語使用は、主体的立場からはどのように説明できるのだろうか。国学の伝統を背負う時枝はきっとその問題を考えたはずである。歌を詠むときの「主体」とはなんなのか。時枝のいう「主体」自体は、素朴なものではあり得ないのではないか。

また、当時の日本近代の言語学、時枝以外にも色々いるが、この人たちは英語やヨーロッパ言語、西洋学問などの受容に対して何らかの態度を取らなければならなかった人々である。それが「言語」であるだけに、思想的・政治的にも非常に重要な葛藤があっただろうと思う。そういうところから、近代日本を考えるということにも入門してみたい。

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Mehlman.(1972) Floating Signifier Levi-Straussを読んでいる。

ジェフリー・メールマンJeffrey Mehlmanは1944年生まれの文芸批評家。この論文も昨日のパルミエと同じく、ラカン存命中の論文である。70年前後からすでに、レヴィ=ストロースとラカンを関連づけて論じるということがあったようである。またパルミエも文芸批評家である。この頃、ラカンは文学の領域でしばしば論じられていたということだろうか。現在では文学研究者でラカンを論じる人はほとんどいないが…。なお、メールマンの著作の翻訳に、批評空間叢書の『革命と反復: マルクス/ユゴー/バルザック』(1996[原著1977])がある。

メールマンははじめの方、パノフスキー(美術史家)、サルトルやプルーストを引き合いに出して論じているが、あまり文脈を知らないので議論としてはよくわからない。ただ、レヴィ=ストロースの話が始まると、メールマンはまず『悲しき熱帯』(1955)におけるレヴィ=ストロースの葛藤について詳しく論じられている。世界中を旅して各地の民族と交流を試みたレヴィ=ストロースにとっての問題は、「〔トゥピ族Tupiの〕経験を我有化することなく理解するためのなんらかの基礎を見出すこと」(p. 13)であった。しかしそれはほとんど不可能な課題であった。

レヴィ=ストロースにとって、その旅はほとんど無駄であった。メールマンが引用しているのは、『悲しき熱帯』第九部「回帰」の37節「神にされたアウグストゥス」からのものである。川田順造訳から引く。

「日の出とともに起き、現地の最後の人が眠りにつくまで目を覚ましていなければならず、ときには彼の眠りさ守らなければならない。絶えず居合わせていながら、目障りにならないように心を砕く。 全てを全てを心に留め、全てをノートし、不真面目なヘマの数々をしでかし、ハナタレ小僧に情報を乞い、人々の機嫌の良い時や、打ち解けているときの一瞬を活用できるように気を配っている必要がある。 それでいてあるときは、部族の人たちの風向きが急に変わったために、やむなく何日もの間、あらゆる好奇心を圧し殺して、ひっそりと謹慎していなければならないのだ。 こんな仕事をやり遂げようとして、調査者は自分を嘖むのである。一体、慣れ親しんだ環境や友達や習慣を棄て、こんなにも大きな経費と努力を払い、健康まで危うくした挙句の結果と言うのは、 たったこれだけのことなのだろうか。調査者が一緒にいることを許してもらっている。1ダースほどの、間もなく死滅する人たちは、虱を取り合ったり眠ったりしてほとんどの時を過ごしているのだが、彼の仕事の成否はこの人たちの気まぐれ次第と言うわけなのだ。」(『悲しき熱帯 Ⅱ』川田訳、p. 353)

浮遊するシニフィアン(Floating Signifier/signifiant flottant)に関する議論で『悲しき熱帯』が用いられるのを見たのははじめてであるが、ここまでのところではあまり「浮遊するシニフィアン」に近づいている感じがしない。ただレヴィ=ストロースにおける「他者」倫理のようなものが展開されている。この後になると第五部のカドゥヴェオ族Caduveoの話に触れられて、そこからだんだんとモースの交換論やフロイトの無意識の話が出てくるようになるのであるが、一旦最後まで読んでから再度丁寧に見るべきところは読み返すというふうにやってみたい。

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