2024/8/18

まず、昨日書いたメモ書きから。色々間違っている部分もあるが、考慮に値する要素を抜き出しておく。

・隠喩は新語の創造として説明されているが、「atterré」の例を見ると、これはむしろ新たな意味の獲得が起こっている。「新語の創造」と「新たな意味の獲得」をどう折りあわせるかを考えると、「atterré」には2種類あると見做すべきなのではないか。つまり、「terre」の意味を持っていた旧「atterré」と、「terreur」の意味を持った新「atterré」である。新たな意味の獲得においては、「かつての意味の語を、新たな意味の語で置き換える」ということが起こっているのではないか。こう考えれば、一見語の形が変わっていないように見える「atterré」の例を、その他の例と同様に考えることができる。
・隠喩の前提として置き換えが起こるとラカンは語る。このとき、置き換えが起こるに際しては、置き換えが生じうる関係を持つ言葉群があると考えられる。ラカンの記述を見ると、「同音異義(オモニミー)」「同形意義」「エテロニム(外国語の翻訳)」の関係にある言葉は「置き換え」と言われている。例えば「Herr」を「Signor」に置き換えることは「エテロニム」である(置き換えの前後関係に注意!分析の過程では「Signorelli」の「Signor」を「Herr」に変換することで無意識の深層に至ろうとするため、この方向で置き換えが起こっているように見えるが、無意識の過程はその反対なので、むしろ元々あった「Herr」が「Signor」に置き換えられている)。
・隠喩形成の場合に、圧縮が起こる場合と、単一化が起こる場合があるのではないか。片山はフロイトの「単一化」概念を強くとって隠喩を説明していた。が、圧縮と単一化はやはり厳密には異なる。圧縮は複数の語が相互に入り混じって圧縮語を形成するが、単一化の場合は一つの隠された要素と関係する複数の要素が、必ずしも圧縮されることなく併置されるだけのこともある。

そして、現時点で再構成できた分数定式を示しておく。

ファミリオネール:(famillionnaire/familier-famille)・(familier-famille/?)=famillionnaire/?
シニョレリ:(X/Signor)・(Signor/Herr)=X/Herr
アテレ:(atterré/terre)・(terre/terreur)=atterré/terreur
眠れるボアズ:(彼の麦束/ボアズ)・(ボアズ/?)=彼の麦束/?

「familier-famille」は、familierとfamilleが区別されず同時に扱われていることを指している。ラカンはファミリオネールの機知において「抑圧」され消失した語として、なぜか「familier」だと言う時もあれば「famille」と言う時もある。「familier」は、famillionnaireへ圧縮された二つの語「familière」と「millionnaire」のうち、「familière(馴染みある、家族のような)」の男性単数系である。「familier」と「famille」は品詞が違うけれど、意味的には同じグループに属するため(ラカンの説明を見る限り、familleから派生してfamilierが作られたと言う歴史があるか)、一括りに扱われているように思われる。また、圧縮された二つの語「familière」と「millionnaire」の片方が抑圧対象となり消失しているとすれば、ラカンの説明に従うなら、もし「famillionnaire」が日常語の中に浸透したとすると、それを用いる我々はもはやこの「famillionnaire」の中に「familier」の意味を読み取らないことになる(「millionnaire」のニュアンスだけが残るか)。そして「familier」のニュアンスは歴史的に埋没し、ただ語源を遡ることによってのみ確認できる事実となる。

「ファミリオネール」と「眠れるボアズ」において二つ目の分数の分母に示した「?」は、明示されていないものである。これに対して「シニョレリ」と「アテレ」においては、それぞれ「Herr」と「terreur」が示されていた。これらはいずれも「飼い慣らす」必要のある恐ろしいもの、死や性や恐怖であるとされる(「飼い慣らし」、『無意識の形成物』上巻、p. 40, 52)。だが、死や恐怖そのものではない。「Herr」は「それを前にするとフロイトの医者としての技量が失敗に終わるようなものの象徴、絶対的主人の、つまり彼が治せない病気の——患者は彼が治療を行なっていたにもかかわらず自殺しました——象徴となっていた」(p. 77)。また「死とは、絶対的な『Herr』です。しかし、人は「Herr」について語るとき、死について語っているわけではありません。なぜなら、死について語ることはできないからであり、また死はまさしく、あらゆるパロールの限界であると同時に、おそらくは、あらゆるパロールがそこから発しているような起源でもあるからです」(p. 82)。つまり「Herr」は死そのものではなく、死の「象徴」である。したがって「ファミリオネール」と「眠れるボアズ」においても、なにか死の象徴となる語がくるはずであるが、ラカン自身はそれを示していない。あるいは言い換えれば、この分数の定式化の中に「意味(シニフィカシオン)」は存在しない。シニフィエの位置にあるものも、全てがシニフィアンである。

先ほど指摘した「置き換え」について。ラカンが明示しているのは、「Herr」が「Signor」に置き換えられたということである。したがって、定式の二つ目の分数の分子と分母(familier-familleと?、terreとterreur、ボアズと?)は、それぞれ置き換えたものと置き換えられたものということになるだろう。その際、置き換えたものは約分により抑圧(消失)され、置き換えられたものは禁圧(下に落と)される。分数の分母と分子とは、置き換えの関係を示しているのかもしれない。そう考えると、二つ目の分数はさらに一つの分数の分母に来るわけだから、すでに置き換えられたもの(二つ目の分数の分子、抑圧を受けるもの)が、再度隠喩的創造物によって置き換えられている。つまり、置き換えが二度起きている。そして、あたらしい隠喩創造物の分母に、常に根源的なシニフィアン(?、Herr、terreur)が来るということは、その隠喩創造物が風化し、また新しい創造物に置き換えられたとしても、根源的なシニフィアンは常にその意味として分母に付着してくるということであろう。そして、抑圧されたもの(置き換えられたもの)はどんどん蓄積していく。

もう一つ、「換喩的対象のくず(瓦礫)」について。ラカンは「ある隠喩的創造が対象にはねかえってくるときに普通生じるような、ありとあらゆる残骸やくず」(p. 69)という言い方をしている。これは典型的には「シニョレリ」の例に見られる。「Herr」の置き換えられた形態である「Signor」が抑圧され消失したことで、「Signorelli」が解体を被る。また、「Herr(ヘル)」も禁圧を受けて下へ落ちたので、「ヘルツェゴヴィナとボスニア」も解体を被る。この解体の結果、消えたSignorとHerrはよいとして、残った部分がどうなるか、この残余の部分が「換喩的対象のくず」として表面に浮上してくる。なぜ「換喩的対象」のくずなのかというと、換喩的つながりとはシニフィアンの連続性の繋がりだからである。「ヘルツェゴビナとボスニア」という文句が一連の流れを持つ言い回しであれば、「ボスニア」という言葉は「ヘルツェゴビナ」の換喩となりうる。それがシラブルのレベルにいけば、「Signorelli」の中の「elli」は、それと連続する「Signor」の換喩になる。換喩的「対象」は「Signor」や「Herr」であり、これら対象の「換喩」は「elli」や「Bo〔snia〕」である。というわけで、「Bo」や「elli」が、隠喩形成の際に消失したものによる解体の副産物として生じた「換喩的対象のくず」となる。これらの副産物は、別の要素と結合して表面に現れる。つまり「elli」は「ボッティチェリ」になったし、「Bo」は「ッティチェリ」および「ルトラフィオ」となった。われわれは、これら表面に現れた換喩的対象のくず、瓦礫を手がかりにして、無意識においてどのような過程があったのかを逆方向から探っていくことになる。

したがって、ラカンは「Signorの抑圧」と「Signorelliの忘却」は別のことであることを強調する。無意識のプロセスを段階ごとに再構成するなら、次のようになる。

①<死>の象徴である「Herr」が禁圧される。
②「Herr」の置き換え(エテロニム)である「Signor」が抑圧される。
③「Signor」の抑圧(消失)により「Signorelli」が解体を被る。
④解体の結果「Signorelli」は忘却され、換喩的対象のくずである「elli」および「Bo」が別の要素と結合して浮上する。隠喩創造物は到来しない。

だいぶいいところまで来たのではないか。ここまでの細かい分析と整理は先行研究でもされていないし、片山の説も批判的に検討できている。

あと残る課題としては、「シニョレリ」についてのこの整理を、「アテレ」「ファミリオネール」「眠れるボアズ」にそれぞれ適用すること、そして抑圧と禁圧の違いについてより詳細に把握することである。とりあえず書いてみよう。なお、明示されていない項は空欄で示す。

・アテレ
①< >の象徴である「terreur」が禁圧される。
②「terreur」の置き換え(同形意義)である「terre」が抑圧される。
③「terre」の抑圧(消失)により「atterré」が解体を被る。
④解体の結果、terreの意味を持つ「atterré(ラカンはabattuと仮称する)」が忘却され、そこに再び新しい意味を持つ「atterré」が隠喩的に創造される。
この場合に「換喩的対象のくず」として何が副産物となっているだろうか。「terre」が抑圧され、残余は「a」である。したがって「a」が換喩的対象のくずとなったのだろうか。この問題は、隠喩の新語創造が何を素材にしてどのように行われるのかということに関わっている。

・ファミリオネール
①< >の象徴である「?」が禁圧される。
②「?」の置き換え( )である「familier-famille」が抑圧される。
③「familier-famille」の抑圧(消失)により「 」が解体を被る。
④解体の結果、familier-familleの意味を持つ「 」が忘却され、「famillionnaire」が隠喩的に創造される。
この場合は、「famillionnaire」が創造される起点となった、元の言葉が存在しないのだろうか。「シニョレリ」や「アテレ」の例ではそれぞれ「Signorelli」と「(terreの意味を持つ)atterré」が、更新されるべき元の言葉であった。あるいは、そもそもフロイトの説明では「famillionnaire」は「familière」と「millionnaire」の圧縮語であるとされていたのだから、元の言葉というのはこの「familière」と「millionnaire」ということになるだろうか。元の言葉のうち「familier(familière)」は抑圧され消失する。そしてその欠如の場所に「famillionnaire」が創造される。この新たな「famillionnaire」においては、新たな「atterré」がもはや「terre」のニュアンスを持たなかったように、もはや「familier」のニュアンスを持たない。が、おそらく「millionnaire」のニュアンスを含んで新しい意味を持つことになっている。アテレやシニョレリの例では、媒介項の抑圧によって元の言葉が解体し忘却を受けていたが、ファミリオネールにおいては解体は存在せず、忘却だけが存在する。

・眠れるボアズ
①< >の象徴である「?」が禁圧される。
②「?」の置き換え( )である「ボアズ」が抑圧される。
③「ボアズ」の抑圧(消失)により「 」が解体を被る。
④「ボアズ」は「彼の麦束sa gerbe」に置き換えられ、この「彼の麦束」が新たな意味を帯びることになる。
この場合はまたこれまでの3例と異なり、元の言葉の解体は起きておらず、それゆえ忘却も起きていないかもしれない。そもそも「ボアズ」は、「彼の麦束」に置き換えられてはいるが、我々はこの詩句を読むときにボアズを忘却してはいないだろう。あるいはそれが日常化すれば「ボアズ」は忘却されるのだろうか。そして隠喩的な新語創造も行われておらず、それは既存の語「sa gerbe」によって担われ、創造としては新しい意味が創造されている(「彼の麦束」に、それまでにないニュアンスが付与されている)。

以上の振り返りを踏まえて、シニョレリ、アテレ、ファミリオネール、眠れるボアズといった隠喩の諸例を、解体、忘却、新語創造、意味付与という4つのカテゴリーの表にまとめてみた。もっと良いカテゴリー分けがありうると思う。
解体:隠喩形成にあたって元の言葉の解体があったか。
忘却:解体にともなう元の言葉の忘却があったか。
新語創造:新しい言葉が創造されたか。
意味付与:既存の言葉に新しい意味(ニュアンス)が付与されたか。

シニョレリアテレファミリオネール眠れるボアズ
解体
忘却
新語創造
意味付与

三角形(△)は、あるともないとも言える部分である。
・シニョレリにおける意味付与の△は、新語創造が行われなかった代償としてフロイトの脳裏に浮かんだシニョレリの壁画のイメージが、ある種の新しい意味を持ったのではないかと思われるからである。
・アテレにおける新語創造の△は、古い意味の「atterré」に対して新しい意味の「atterré」が創造されたとも解釈できるからである。
・眠れるボアズにおける忘却の△は、置き換えられた「ボアズ」は、この詩句を読む人にとって特段忘れられていないが、時代が経ってこの「彼の麦束」という言葉が日常化した場合、その元になった「ボアズ」の忘却が起こるとも考えられるからである。

さて、今回の論文でこの先に進むほどの紙幅の余裕があるかわからないが、次なる課題は「抑圧」と「禁圧」についてである。ただ、もう今日か明日から論文の執筆は始めてしまおう。さらにダメ押しで欧語論文も読む。

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