2024/7/23

ヤコブソン&Lotzとトゥルベツコイの議論がかなり一致してくる。トゥルベツコイにおいて「les termes d’un groupe」が見出される二つの箇所は、それぞれ/r/と/ə/の関係、母音と子音の関係が問題になっていた。そしてヤコブソン論文ではまさに、ゼロ音素が関わるのは「Vocality vs Consonantness〔母音性vs子音性〕」の項目であるし、また母音と子音の対立においては「流音のrとlは子音的性格と母音的性格を結びつける複合体である」(p. 152)と言われている。要するにrの音は母音に近いのである(おそらくはəと近い)。

wordの方には色々と書いてみたが、感触としてはもっと簡潔に整理して書き直す必要がある。レヴィ=ストロースの記述を隅々まで解釈するために、トゥルベツコイ、ヤコブソンというふうに「ゼロ」概念の変遷を追っていく。書くとまたそこから派生的に色々思いついてしまうので、一旦は無秩序に書き、発想を広げて線を繋いでから、その配線された思念を見やすいように整理する必要がある。

ヤコブソンとレヴィ=ストロースの間のゼロ音素と浮遊するシニフィアンをめぐる関係も、よく簡単に要約されるけれどそんなに簡単じゃない、というか、細かく見ていくと謎な部分がたくさん出てくる。そもそもヤコブソンにおいては音声記号とその音声という対において、「発音されない音声記号」の音声にあたる部分がゼロ音素とされている。「音素」と言った時に、音声記号とその音声のうち、音声の部分が音素に当たるということに注意が必要である。ただここで混乱を招くところがおそらくあって、ゼロ音素は「音素がない」ことの音素である。だからある意味でゼロ音素は音声記号に近いのであるが、ゼロ音素を表す音声記号は別にある(əなど)。本当はそこには何もないのである。何もないのに音声記号(ə)がある。だからその音声記号に当たる音声を「#」と表記する。本当は「 」である。「 」⇨「#」⇨「ə」という順に表記の関係が連鎖している。ゼロ音素は(無)音声でありながら、その無音性を表すための記号的性格を持ってしまっていることが厄介である。頭をこんがらがらせる。

では、なぜ音声のない音声記号など存在するのか。ソシュールはかつて『一般言語学講義』において、「有音のh」という文法規則は文字と音声とが別々に発達した結果生じた不一致の産物であると述べた(町田訳p. 56-7)。有音のhとされる単語はラテン語やゲルマン語由来のものであり、それぞれラテン語やゲルマン語においては語頭のhは発音されていたのが、フランス語に輸入されてから発音されなくなった。そして文法規則によれば、有音のhにリエゾンやエリジオンは起こらない。ソシュールはここに循環を指摘している。つまり、例えば「hacheのhは発音せず、この単語は母音から読み始められるのに、リエゾンやエリジオンが起こらない、それはなぜかというと「有音のh」があるからだ」という説明は、さらに「なぜhacheのhが有音のhなのかといえば、そこでリエゾンやエリジオンが起こらないからだ」という逆説明につながってしまう。「hacheの前でリエゾンやエリジオンが起こらない」と「hacheのhが有音である」という二つの記述が循環を起こすということである。

「もはや有気音hは存在していないのだから、現実の音ではないものを、その前ではリエゾンもエリジオンも起こらないという理由で、『有音のh』という名前で呼んでいるに過ぎないからである。つまり、これは誤った循環なのであり、このhは、文字表記に由来する虚構の存在にすぎない。」(町田訳p. 57)

かつて発音されていた「h」は、今やフランス語では発音されない。音声記号が残って、音声は存在しない。しかし音声が「存在するかのように」扱われ、その前ではリエゾンやエリジオンが起こらない。ここではもはや存在しない「h」の音声がゼロ音素として、一つの存在として扱われている。ソシュールはそれを「虚構の存在」と呼ぶわけだが、ヤコブソンを経てレヴィ=ストロースにおいてはそれが弁別体系の全体性にまでその価値を引き上げられている。

したがって、ヤコブソンにおいてゼロ音素を要請する理由は、音声を持たない音声記号が存在するからであった。そしてソシュールに従うなら、なぜ音声を持たない音声記号が存在するかというと、文字表記と発音の不一致が生じたからである(文字表記は歴史を通じて固定されるのに対して、音声は変化していくから)。そして、音声を無くしてしまった音声記号を、それでも一つの音声として扱うためには、「ゼロ音素」が必要になった。そしてレヴィ=ストロースにおけるその対応物は、シニフィエに対するシニフィアンの過剰、それに伴う「シニフィエなきシニフィアン」である。なぜシニフィアンがシニフィエに対して過剰なのかというのに対して、レヴィ=ストロースはそれが人間の知的条件であるという応答をする。世界は人間にとって常に何かを意味するものとして立ち現れるが、それが具体的に何を意味するのかについて人間は常に不十分にしか知らないということである。音声に対する音声記号の過剰と、シニフィエに対するシニフィアンの過剰は、ロジックとしては一致するがほとんど別の領域の話である。

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https://archive.org/details/histoirenaturel4buffa/page/98/mode/2up?q=hexagone

ビュフォンの『博物誌Histoire naturelle, générale et particulière : avec la description du cabinet du roy』「自然についての第一の見解」のp.99~ではミツバチの巣の六角形構造の合理性が考察されている。ラカンはS2の「象徴的宇宙」のなかで指摘している。

「集団の成立に数学的要素が関与しているということについて我々はレヴィ=ストロースに同意しないわけにはいきません。この点についてはド・ビュフォンが非常に正当な指摘をしています。厄介な点は、梯子段を登る時に、人はある段に足を掛けるとその下の段のことを忘れてしまう、あるいはちるにまかせる、ということです。ですから、人が全体をひとまとめに考えることができるのはつねに非常に限られた範囲のことでしかありません。しかし、ある集団、ある社会において統計学的な要素が果たしている役割についてのビュフォンのきわめて正当な指摘を思い起こさないと間違いを犯すことになるでしょう。/ 彼の指摘は非常に重要なものを含んでいます。疑似目的論者のあらゆる問いを無効にしてしまいます。提起する必要のない問いもあります。というのも、そのような問いは人口の地理的分布を調べてみればひとりでに霧散してしまうのですから。この種の問題はまだ消えずに残っていて、レヴィ=ストロースがかすかにほのめかしたような人口統計学的水準において研究されています。 /ビュフォンはなぜミツバチがあのように美しい六角形を作るのかを考えました。彼は、ある面を占めるのにあれほど実用的で綺麗な多角形は他にない、ということに注目しました。それが六角形でなければならないということは空間占拠のためのある種の要請です。ただし、この分野で、ミツバチが幾何学を知っているのか、というような小賢しい問いを立ててはいけません。」(S2上巻p. 43)

どうやらこの直前のアンジューの発言では、チベットやネパールの部族において、彼らが幼い娘を殺してしまうことによって女の数より男の数の方が多くなることについてレヴィ=ストロースが「代償」という言葉を使ったことを重く受け取っていたらしい。しかしラカンはこれを、単なる統計学的な意味であって分析的な用語としての「代償」とは何の関係もないと諌める。

ビュフォンはミツバチの巣が六角形の集合になっていることが、平面をなるべく大きな図形が占めるために最も合理的であることを、そのほかの動植物の例を挙げて説明している。しかしビュフォンはもちろん、動物たちがその合理性を知ってそのようにしているとは考えない。それは神の意志であり、動物たちはあくまでも愚かであるというふうに論じている(ざっくり)。(「raifon」という言葉が出てきて「レフォン?」と思うのだが、多分昔の表記なだけでこれは「raison理性」であろう)

ミツバチの集団の成立、ミツバチの巣の六角形の成立、部族社会の交換体系の成立には全て数学的要素が関与している。彼らは幾何学を知ってそのように形成しているわけではない。それは「擬似目的論」である。ミツバチのそれは、「空間占拠のためのある種の要請」である。

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半年以上前、中野のバイト先に行くためのいつもの裏道に間借りしてお昼の間だけお店を出していた人がいた。当時、お腹が空いていて定食の看板が美味しそうだったので入ってみると、割烹着を着た女の人が一人で回していた。物腰柔らかというか、ちょっと普通じゃない、妙な距離の近さを感じる人だった。定食は安くてとても美味しかった。品数が多く、飽きない組み合わせになっていた。出てきた時、器の一つ一つが綺麗で息を呑んだ。ご飯と汁物がおかわり自由で、食べ終わると冷たいコーヒーが出た。喫煙することができ、こちらが一服すると、その女店主の人も失礼しますといって自分のタバコに火をつけた。何度か通ったが、少しすると臨時休業に入り、そのまま音沙汰がなくなった。

最近、フォローしていたインスタグラムのストーリーで、池の上に再出店することになったことが告知されていた。昨日駒場に行った帰りに寄ってみると、顔を覚えてくれていたようで、大変喜んでいた。夜でも酒無しで定食を出してくれた。太刀魚の揚げがふっくらして美味い。

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