2024/7/19

レヴィ=ストロースが「序文」の中で音韻論の用語として用いている「termes de groupe」というのが何を指しているのか調べてもわからない。おそらくは1949年にフランス語訳されたトゥルベツコイ『音韻論の原理』の中にあるものと思われるのだが、このままの用語は存在しない。レヴィ=ストロースが他に挙げている「随意的変種variantes facultatives」、「結合的変種variantes combinatoires」、「中和neutralisation」はそれぞれ用語として見出される。だがこの「termes de groupe〔邦訳では「グループ語」〕」こそが、「ゼロの象徴的価値」というキーワードが登場する一節の中に使われているので、むしろこれの意味を知りたい。トゥルベツコイの原著がドイツ語であるだけに厄介。

https://fr.wikisource.org/wiki/L%E2%80%99Encyclop%C3%A9die/1re_%C3%A9dition/AMOUR 

↑ラカンがS2「象徴的宇宙」の中で『百科全書』の項目「愛」の中にある「利己愛l’amour-propre」を読めと言っている。ざっと読んでみると、Claude Yvonという聖人が書いており、人間の利己愛を神の徳に調和させることができるというような内容になっている。ラカンはこれに対して「彼ら〔百科全書派〕の人間的感性が、人間についての認識と関連させて彼らが構築しようとしてことからどれほど遠く隔たっていたかが解るでしょう」(S2上巻p. 49)と言っている。ラカンはここで18世紀啓蒙期の機械論について話していて、人間的な現象を機械論的に還元していくことが、スコラ的な感覚に拘束された時代においていかに難しかったかを指摘している。おそらくそのジレンマから生まれた奇妙な説明がこの「利己愛」の項目に現れているということが言いたいのだろう。

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